第二次世界大戦の終戦直後、マックス・トゥーニーは愛用のトランペットを金に換えるために楽器屋を訪れた。彼は金を手にした後になって、店主にもう一度だけトランペットを吹かせて欲しいと頼む。彼の演奏を聴いた店主は、同じ曲がピアノで刻まれたレコードを持ち出し、曲と演奏者の名前を尋ねた。マックスは、「1900 (ナインティーン・ハンドレッド)」と呼ばれた男の物語を語り始めた。大西洋を果てしなく往復する豪華客船ヴァージニアン号に置き去りにされた小さな命。彼の名は1900。1900年に、この船で拾われた彼はこう名付けられた。船を下りることなく成長する1900は、88のピアノの鍵盤の上で才能を発揮した。自らの感性でのみ奏でられたメロディ。乗客の表情や仕種を見て紡ぎ出されていくメロディは、優しく力強い。素晴らしい音色は、万人を感動の渦中に巻き込んでいった。その噂は海を越え陸地にまで広がっていった。ジャズの戦いを挑まれても怯むことなくピアノを弾き続けた。ある日1900はふと「陸地から見る海はどうなのだろう」と思い親友にその想いを語った。そんな折り、窓越しに美しい少女を見た。そのとき、彼はやさしいメロディを弾き、感動的な音楽を奏でた。その少女の姿を船中探し回り、やっと三等船室で見つけるが、ごった返す群衆の渦に引き離され、彼女は消えていってしまう。しかし、想いを断ち切れない1900は、これまでいちども下りることをしなかった船のタラップに、その足を掛けるた。そこに広がるのはニューヨークの摩天楼。自分の終着点を見つけられないと不安を感じた彼は、一生を船の中で過ごすことを決意する。
豪華客船の中で生まれ、生涯船を下りることのなかったピアニストの物語。『ニュー・シネマ・パラダイス』で全世界を涙と感動で包んだイタリア映画界の名匠ジュゼッペ・トルナトーレ監督が5年の歳月をかけここに新作を完成させた。彼自身の中では、過去最もスケールの大きな作品として、舞台に海を選んだ。ピアニスト1900を演じるのはティム・ロス。
イタリア公開のオリジナル版は160分。アメリカで公開された125分のものはファイン・ライン・フィーチャーズによる製作で、タイトルやクレジットは英語になっている。日本で公開されたのもアメリカ版で、イタリア・アメリカ合作とされているのはそのためで言語は英語がメインになっている。『ニュー・シネマ・パラダイス』のときも興業での効率のためにシーンがカットされ、後になってさまざまなバージョンのDVDが発売されているが、日本ではこの『海の上のピアニスト』のオリジナル版のDVDは発売されていない。見てみたい気はする。ヴァージニアン号は実在する船で、1904年に完成し、1954年に廃船となった。主人公のピアニスト1900は、実在の人物がモデルとなっている。ティム・ロスは、激しい特訓を受け、劇的な演奏シーンや淋しげな眼差しが強烈な印象を残す。親友のトランペッターのマックスには、実力派プルート・テイラー・ヴィンスが扮し、いい脇役の味を出している。船上の少女には、400人以上のオーディションから選ばれたメラニー・ティエリーは扮し、短いシーンでありながら存在感を残している。そして肝心の音楽はイタリア音楽界の巨匠エンニオ・モリコーネ。『ニュー・シネマ・パラダイス』以降ジュゼッペ・トルナトーレ監督とコンビを組み、極上のスコアを作り上げている。画像も美しい。豪華客船ヴァージニアン号もスケール感も見せつける。全長154メートルのポーランド製の元貨物船を大幅に改造して再現された。
正直、1900の言う「陸の人間」の気持とのずれはただ頑ななだけであるようにしか感じられないが、それは我々が「陸の人間」だからだろう。中で1900が言う、「いい物語があって、それを語る人がいるかぎり、人生、捨てたもんじゃない」。ラストシーンでマックスが繰り返すが、このセリフにこの映画は集約されているように感じる。スケールは大きく独りの人生を壮大に描いていて感動する。しかし『ニュー・シネマ・パラダイス』のノスタルジックをこの大作は超えられなかったように思う。しかし音楽好きにはたまらない作品だ。
◎作品データ◎
『海の上のピアニスト』
原題:La leggenda del pianista sull’oceano(英語タイトル:The Legend of 1900)
1998年イタリア・アメリカ合作映画/上映時間:2間05分./アスミックエース・日本ビクター配給
監督・脚本:ジュゼッペ・トルナトーレ/原作:アレッサンドロ・バリッコ/製作総指揮:ローラ・ファットーリ/製作:ピエトロ・イタリアーニ, フランチェスコ・トルナーレ/音楽:エンニオ・モリコーネ/撮影:ラホス・コルタイ
出演:ティム・ロス, ブルイット・テーラー・ヴィンス, メラニー・テイリー, ビル・ナン, クラレンス・ウィリアムズ3世