離れ小島の町シーヘブンで生まれ育ったトゥルーマン・バーバンクは看護婦でしっかり者の妻メリルや親友のマーロンたちに囲まれ、保険会社のセールスマンとして何不自由ない平穏な暮らしを平凡に過ごしていた。明るい性格の彼だったが、彼は生まれてから一度も島から出たことがない。ボート事故で父親を亡くしたというトラウマで水が怖くなってしまったからである。だが、大学時代に出会った忘れられない女性、ローレンに会うためフィジー島へ行くというささやかな夢があった。ある日、いつものようにキヨスクで新聞を買おうとした時に、目の前をホームレスの老人が通り過ぎた。それは幼い頃、海に沈み亡くなったはずの父親だった。しかし、その老人は間も無く何者かに連れ去られてしまう。彼は自分の周囲を不審に感じ始める。トゥルーマンがいつもと違う行動を取るとまわりの様子が落ち着かなくなることを発見。ある日、不安と疑問がつのり、妻のメリルに怒りをぶつけた末、メリルは家を出て行ってしまう。トゥルーマンは意を決し、地下室で寝ているふりをして海にボートで漕ぎ出して行く。実は彼の生活は生まれた時から24時間年中無休で全世界にテレビで放送されており、シーヘブンは作り物で彼以外の人間は全員、プロデューサーのクリストフの指示で動く役者であった。彼はアメリカ合衆国公民ですらなく、人生がそのままリアリティ番組として世界220ヶ国に放送されていた。徐々にこの秘密に気付き始めたトゥルーマンはクリストフと会話を交わし、本当の人生を歩みたいを訴えた。だが、虚構の世界へ戻るよう説得するクリストフは、装置を使って嵐を起こす。荒れ狂う波をくぐりぬけた果てに、トゥルーマンは虚構の世界であるロケセットの終端部にたどり着く。そこには外への出口があった。クリストフの呼びかけを無視し、トゥルーマンは出口から出て行った。そしてテレビでその一部始終を見ていた観客たちはトゥルーマンの勇気に拍手を送るのだった。
“もし、自分の人生が演出されたものだったら?”という破天荒なオリジナリティーあふれる脚本を執筆したのは『ガタカ』で監督デビューも果たしたアンドリュー・ニコル。当初は彼が監督をする予定であった。1200万ドルという巨額のギャラのジム・キャリーが主演することになったため、それをピーター・ウィアーが叙情性とブラック・ユーモアあふれる人間ドラマとして映像化した。ユニークであり、かつ心温まる作品だ。秘密を知ったことから自分の運命を自らの手で切り開こうとする主人公をジム・キャリーが好演し、ゴールデン・グローブ主演男優賞を受賞した。またディレクターを演じたエド・ハリスもいい味を出して同じくゴールデングローブ賞の助演男優賞を受賞している。ゴールデングローブ賞ではさらに音楽賞を獲得したほか、ヒューゴー賞の最優秀映像作品賞、サターン・アウォーズ最の優秀ファンタジー映画作品賞・脚本賞を獲得している。キネマ旬報ベスト・テンの第3位にもなっている。プロットはフィリップ・K・ディックの小説「時は乱れて」からたくさんのアイデアを拝借しているらしい。もちろん死んでしまったという父は本当の父ではなく俳優であり、また実際は前述の通り死んでおらず、のちに感動の再会を果たすことになる。
これはこれまでに観たことのない全く新しい映画だった。ジム・キャリーは今回、トゥルーマンをお得意のただのおバカを演じるのではなく、優しくナイーブでしかしガッツのある男を演じ、大成功を収めた。観る側はいやでもトゥルーマンに感情移入してしまう。いつも通りのコミカルさにシリアスさを少し加えた彼の演技は、確実に俳優としてレベルアップしていることを示した。社会派で知られるピーター・ウィアー監督も全く新しい作品作りをした。面白いのは、この番組は広告がCMではなく番組中で宣伝されている点。トゥルーマンの親友マーロンがいつも缶ビールをカメラに向けていて宣伝したり、妻メリルが草刈機や万能ナイフなどを日常会話の中で宣伝している。不自然にココアの宣伝をしてしまったりもするのも面白い。自然に違和感をトゥルーマンと観る側に与えているのだ。トゥルーマンが全てに気付き、必死の逃避を開始すると、ただ笑っていられる映画ではなくなる。そして最後のジム・キャリーの笑顔が与えてくれる感動は、従来のコメディから得られるようなものではなかった。新しい社会風刺であり、新しいコメディだ。トゥルーマンは、セットの世界から出た後、今までの人生はすべて無駄だったと思うのだろうか、陽気なトゥルーマンにもどれるのだろうか、人を心の底から信じることができるのだろうか。とても気がかりだ。
◎作品データ◎
『トゥルーマン・ショー』
原題:The Truman Show
1998年アメリカ映画/上映時間:1時間43分/UIP配給
監督:ピーター・ウィアー/脚本:アンドリュー・ニコル/製作総指揮:リン・プレシェット/製作:スコット・ルーディン, エドワード・S・フェルドマン, アダム・シュローダー, アンドリュー・ニコル/音楽:フィリップ・グラス, ブルグハルト・ダルウィッツ/撮影:ペーター・ヴィゾウ
出演:ジム・キャリー, エド・ハリス, ローラ・リニー, ノア・エメリッヒ, ナターシャ・マケルホーン