Archive for 2月, 2009


 ある日突然、薬物とアルコールの大量服用で精神病院に収容されたスザンナ。病名は境界性人格障害。彼女に人格障害という自覚はなく、病院の環境に馴染めなかったスザンナだが、他の患者たちを牛耳っていたリサの精神疾患を誇るかのような態度に魅かれていくうち、そこが自分の居場所と感じるようになっていく。そしてリサの脱走に同行することになってしまう。途中、頼って訪ねた退院した患者仲間の近親相姦を罵倒して、自殺に追いやってしまうリサに、徐々に疑問を持つようになっていった。そのせいでリサに疎ましく思われて、他の患者を味方につけたリサの破壊的な行動に、スザンナは孤立してしまう。やがてスザンナは、リサはこの精神病院でしか生きられないから強気になれると気づき、自分は社会復帰を目指そうと決意する。
 監督は『コップランド』『君に逢いたくて』などのジェームズ・マンゴールド。正直、この映画が彼の最高傑作だと思う。主演を演じるのは、自らも境界性人格障害で精神科入院歴のあるウィノナ・ライダー。原作にすっかり惚れ込んだ彼女は、製作総指揮も買って出た。彼女が入院したのは20歳のとき。発作的不安に襲われて入院を経験した彼女は、混乱や自暴自棄は誰にでも起こり得るし、人を狂気に追い込みかねないということを知っていた。主人公に深い理解と同調を感じて体現して見せた。本作でアカデミー賞やゴールデングローブ賞の助演女優賞を始め数多く賞を獲得したアンジェリーナ・ジョリーの演技にはぶっ飛んだ。ほかの患者たちを演じるブリタニー・マーフィやクレア・デュヴァル、エリザベス・モスなどの若手演技派女優の病んだ心を表現する演技もも見どころ。また、厳格でもあり優しい看護婦に扮したウーピー・ゴールドバーグや知的な主任精神科医に扮したバネッサ・レッドグレーブも印象的な存在感を見せている。
 原作は1994年に出版されたスザンナ・ケイセンによる自伝。小説の邦訳は吉田利子によって「思春期病棟の少女たち」というタイトルで出版された。スザンナ・ケイセンは、精神病院で2年間を過ごし、苦しかった人生の一時期をあたかもスケッチをするかのように綴り、退院から25年後に出版した。この戦慄の実話はベストセラーになった。心を病んだ少女たちの気持ちを饒舌に語り、若い女性たちの熱狂的な支持を得た。「カッコーの巣の上で」などに匹敵する狂気を描いた、しかし実話ということもあって批評家からも絶賛された。内容は単なる苦悩や希望などにとどまらず、拘束と自由、友情と裏切り、そして狂気と正気の境界について問いかける。タイトルは直訳すると「中断された少女」。映画の邦題に使われた「17歳」という年齢は、2000年に17歳による少年犯罪が多発し、マスコミが「キレる17歳」という言葉を多用した影響だ。原題にも物語にも17歳という年齢は出てこない。 ただし、原作者のスザンナ・ケイセンがアスピリンを大量に飲んで自殺を図り、精神科に入院したのは17歳だったことは事実ではある。
 夢と現実が混乱したことはあるか、お金があるのに万引きしたり、落ち込んだり。自分が異常だったのか、時代のせいなのか、ただ躓いただけなのか、ただ、とても寂しかっただけだ。そんな感じだ。彼女は頭痛を止めたかっただけで、自殺をしたつもりはないと表現している。そこで診断された病名「ボーダーライン・ディスオーダー」、境界性人格障害だ。自己のイメージや長期的な目標、どんな友人や恋人を持つべきか、どんな価値観をとるべきかに自信が持てない症状をいう。切れてしまいそうな神経を抱え、それでもこの病院で出会った風変わりな女性たちが、親友になるだけでなく、見失っていた自分自身を取り戻す道を明るく照らし出してくれたわけである。実は当時、この映画を観た時に受けた衝撃と、今、鬱病を経験した自分が観る衝撃は全然違った。今回の方がはるかに苦しく愕然とした。多分、年をとったせいではない。心が弱くなったせいだ。

◎作品データ◎
『17歳のカルテ』
原題:Girl, Interrupted
1999年アメリカ・ドイツ合作映画/上映時間:2時間7分/ソニーピクチャーズ・エンターテインメント配給
監督:ジェームズ・マンゴールド/製作総指揮:キャロル・ボディ, ウィノナ・ライダー/製作:ダグラス・ウィック, キャシー・コンラッド/原作:スザンナ・ケイスン/脚本:ジェームズ・マンゴールド, リサ・ルーマー, アナ・ハミルトン・フェラン/音楽:マイケル・ダナ/撮影:ジャック・グリーン
出演:ウィノナ・ライダー, アンジェリーナ・ジョリー, ジャレッド・レト, ウーピー・ゴールドバーグ, ヴァネッサ・レッドグレイブ

recommend★★★★★★★★☆☆
favorite     ★★★★★★★★☆☆

 

 1930年、大恐慌時代のカリフォルニア。小柄で頭が切れて博識のあるジョージと、巨漢で怪力だが知恵遅れのレニーの2人は、農場から農場へ渡り歩きながら労働に明け暮れる日々を続けていた。ジョージは、気持ちの優しい男だが他愛のない失敗ばかりするレニーの面倒に巻き込まれ尻拭いをするのが日常茶飯事だった。そしてレニーは行動の全てをジョージに支持してもらい頼りきっていた。自分たちの夢を語り合う2人は、次の仕事先であるタイラー牧場に到着した。新しい仲間と仕事にも慣れ、彼らの夢に賛同するキャンディの言葉に、夢が現実に近づいたように思えた2人の気持ちは弾んだ。しかし牧場の雇い主の息子カーリーは彼らに敵意を持っていた。ある晩、カーリーはレニーに暴力を振い、レニーは誤ってカーリーに大怪我を負わせてしまう。リーダーのスリムの機転でその場を切り抜けるが、ある日曜日、納屋の中で死んでしまった子犬を抱え、悲嘆にくれるレニーの前に暇を持て余したカーリーの妻が現れた。レニーは彼女を小動物を愛しむように触っているうちに、力の加減がわからなくなり、首を折って殺してしまう。自分のしてしまったことに驚いたレニーは逃亡した。死体を発見し、事情を察したジョージとキャンディはなんとか隠そうとしたが、カーリーに知れみんなで銃を持ってレニーを追うことに。レニーを見つけたジョージは、他人の手にかかるくらいならと思い、レニーを射殺するのだった。
 気鋭ゲイリー・シニーズがアメリカの代表的作家ジョン・スタインベックの同名小説を基に映画化した人間ドラマ。経済不況の時代に、社会の底辺に生きる2人の男の姿を描く。監督・製作は『フォレスト・ガンプ』での負傷兵役が記憶に鮮明なゲイリー・シニーズ、ジョージ役も務め、レニーのジョン・マルコヴィッチの怪演を静かな演技で変化を与えている。
 実に地味な邦題だが、ノーベル賞作家スタインベックの原作を、そのまま映画化したため、特別奇をてらったわけでも意味深なわけでもないと思う。この原作は戯曲形式で書かれていていかにも忠実な映画化だ。“Of Mice and Men”はスコットランドの詩人ロバート・バーンズの詩「ハツカネズミ」の第7節から拝借したもの。「ハツカネズミと人間のこのうえもない計画も、やがては狂い、あとに残るはただの悲しみと苦しみ、約束のよろこび消えはてぬ」というあまりにも作品の内容そのもの。2人の対比が“二十日鼠”と“人間”に喩えられている。スタインベックの作品の映画化、『怒りの葡萄』や『エデンの東』とは一線を画する感じがする。
 言葉少なに淡々と描かれるジョージの人間像が、より人間の優しさと悲しみを浮き彫りにする。悲劇的な結末を迎えてもいつまでも温かさと切なさが胸に残る。物語は木曜日の夕方、ジョージの犯罪から逃げ、日曜日の夕方、次の犯罪である殺人を犯すまでの4日間を、農場だけを舞台に描かれる。2人にはある夢があった。お金を貯めて農場を持つこと。レニーはいつもその夢物語を寝る前の子供が親にせがむようにジョージに語らせる。うざったく思いながらも、ジョージも夢中になって話し始める。夢物語だった遠い話が、自分も仲間に入れてくれるなら、資金を提供するという老人の申出に、急に現実味を帯びてくる。3人が自分たちの農場の夢に胸膨らませているときがいちばん幸せだったのだと思う。からかわれた力加減のわからないレニーに、責任を問うのは難しい。レニーを殺すしか方法はなかったのだろうか。2人の営む農場が目に浮かぶようだ。そうなってほしかった。
 資金提供を持ちかけた老人がこう言う場面がある。最愛の犬を殺される場面だ。「あの犬は自分で撃てばよかった。よそのやつに撃たせるんじゃなかった」―ジョージにはその言葉が引っ掛かっていたに違いない。レニーがいなければ独りなららくらく生きられる。でも、レニーはジョージを必要としている。もうこれ以上護れないというジョージの悲鳴が聞こえるようだ。

◎作品データ◎
『二十日鼠と人間』
原題:Of Mice and Men
1992年アメリカ映画/上映時間:1時間50分/UIP映画配給
監督:ゲイリー・シニーズ/製作総指揮:アラン・C・ブロムキスト/製作:ラス・スミス, ゲイリー・シニーズ/原作:ジョン・スタインベック/脚本:ホートン・フート/音楽:マーク・アイシャム/撮影:ケネス・マクミラン
出演:ジョン・マルコヴィッチ, ゲイリー・シニーズ, シェリリン・フェン, レイ・ウォルストン, ジョー・モートン

recommend★★★★★★★☆☆☆
favorite     ★★★★★★★☆☆☆

 

 泥沼のベトナム戦争で顔に重傷を負って帰還した若者アルは、故郷フィラデルフィアに近い海軍精神病院へ向かい懐かしい子供の頃からの親友バーディと再会した。しかし、バーディは檻のような精神病棟の一室で、鳥のようにかがんで身をすくませていた。前線で精神錯乱を起こした彼を、旧友の呼びかけで正気を取り戻らせられないかという、担当医師ワイス博士の追い詰められた望みだった。アルは物言わぬ親友に必死に呼びかけた、俺の前で芝居はよせ、と。しかし、バーディのおびえを湛えた虚ろなまなざしは、1日中格子窓を見上げ続けているままだったー。バーディは子供のころからひたすら鳥になりたいと考えている少年だった。スポーツマンでナンパに積極的なアル。人付き合いが下手で、自分の殻に閉じ込もりがちなバーディ。夢と現実の境いめでバーディは鳥になって空を自由に飛翔していた。錯綜する回想の中で、友を救いたい必死の呼びかけをアルは続けた。やがて精魂尽き果てたアルはバーディをただただ抱きしめた。ワイス博士は、治療を断念しようとした。その時、アルの名を呼ぶなつかしいバーディの声がアルの耳に飛び込んで来た。彼は正気を取り戻したのだ。しかし、ワイス博士は信用しない。アルは信じない博士や看護師から逃れるように、バーディの手を引き屋上に駆け上った。バーディの頭上には青空が広がった。バーディは屋上から飛び降りた。悲鳴をあげてかけ寄りのぞきこんだアルの目に飛び込んだのは、一段低くなった屋上に立って、ニッコリ笑うバーディの笑顔だった。
 いまや社会派ドラマを描かせたら超一流の名匠アラン・パーカー監督がウィリアム・ワルトンのベストセラー小説をもとに、戦争批判を下地に青春と友情を描いた初期のヒューマン映画。カンヌ国際映画祭特別グランプリ受賞。まだ若々しくて憎たらしくないニコラス・ケイジがアルを、マシュー・モディンがバーディを演じている。ニコラス・ケイジが実はあまり好きでない。でも、この頃は憎たらしさのかけらも見えないんだな。
 本当に鳥になりたいと思うバーディは本当に鳥になったかのように思える。彼の妄想は自由で確信的だ。戦争の後遺症がふたつの違った形でふたりの心に投影される。そして、その間の友情にさえ影を落とす。だが、最後には友情がその重い過去を超えて戻ってくる。戦争に行く前に還ったかのような無邪気な若者の屈託ない笑顔に戻ったとき、この映画は優しい希望となって観る側の胸に癒しを与えてくれる。たまたま戦争という伏線と批判と背景が、重要に錯覚するが、バックボーンや原因は何でもいい。これは友情の物語だ。そして、夢を現実にした妄想家の美しい物語だ。正直、すっとぼけたラストには拍子抜けしたが、あの無邪気な笑顔が戻った友情と正気の象徴なんだろうなと思う。ここまでピュアでガラスのような繊細さは現実味に欠け、戦争がなくたってバーディは精神を蝕まれてもおかしくないと思う。しかし、それをあくまで現実主義で愛をもって社会に戻そうとするアルもまた真摯で痛ましい。バーディは哀しい人間なんかじゃない。自分の中では鳥になれたのだから。無理やり現実に戻そうとするのがはたして幸せなのかどうか。でも、このかけ離れた2人の間には青春時代というかけがえのない絆があった。なぜ2人は親友になったのだろう。批判しながらも自分の夢に忠実でいられるアルのバーディに対する羨望や嫉妬と、鳥になる夢しか見ていないバーディの強いまなざしがしたたかで揺らがない。この対比が、実は哀しいのはアルの側で、アルがバーディによって救われたんだということを見せつけてくれる。はたして、自分には本当になりたいものはあるのだろうか。閉じ籠ってるから殻の中で実は自由に飛び回っているなんてこと、できるのだろうか。ボクにはできない。現実が分厚い高い壁となって立ちはだかっている。もしかしたら潰さんばかりに迫ってきている。微妙に哀しい、でも希望を与えてくれたような、そして過去夢中になっていたものも宝物だな、と思わせてくれた作品だった。淡々としているが、実はとても奥の深い映画だと思う。

◎作品データ◎
『バーディ』
原題:Birdy
1984年アメリカ映画/上映時間:2時間0分/コロンビア映画配給
監督:アラン・パーカー/製作総指揮:デヴィッド・マンソン/製作:アラン・マーシャル/原作:ウィリアム・ワルソン/脚本:サンディ・クループフ, ジャック・ベアー/音楽:ピーター・ガブリエル/撮影:マイケル・セルシン
出演:マシュー・モディン, ニコラス・ケイジ, ジョン・ハーキンス, サンディ・バロン, カレン・ヤング

recommend★★★★★★★☆☆☆
favorite     ★★★★★★★☆☆☆

 さて、今日はアカデミー賞の予想をします。本命◎、対抗○、大穴▲です。アメリカのは難航、日本のは簡単です。オスカーは『スラムドッグ$ミリオネア』と『ベンジャミン・バトン/数奇な人生』の一騎打ちだと思うが、どれが取ってもおかしくないほど混戦。主演男優賞は奇をてらってみた。ショーン・ペンかミッキー・ロークが有力だがショーン・ペンは1回取ってるし、ミッキー・ロークはアカデミー会員に人気がないと思うので。ケイト・ウィンスレットは助演という見方も多いのでアン・ハサウェイにしてみた。外国語映画賞は間違いなくイスラエルが取ると思うが、ボクは日本人なので応援の意味も込めて。主演男優賞からクリント・イーストウッド、ロバート・ダウニー・ジュニアが、主演女優賞からサリー・ホーキンスが漏れたのは残念。
 日本の方は『おくりびと』の圧勝だろうと思う。作品賞から『ぐるりのこと。』『歩いても、歩いても』が、監督賞・脚本賞から橋口亮輔が、主演男優賞から阿部寛が、主演女優賞から小泉今日子が漏れたのがこれも残念。大手配給会社しか選ばれない体質を何とかしてほしい。

第81回アカデミー賞
【作品賞】 ◎スラムドッグ$ミリオネア  ○ベンジャミン・バトン/数奇な人生  ▲ミルク
【監督賞】 ◎ダニー・ボイル『スラムドッグ$ミリオネア』  ○デビッド・フィンチャー『ベンジャミン・バトン/数奇な人生』  ▲ガス・ヴァン・サント『ミルク』
【主演男優賞】 ◎ブラッド・ピット『ベンジャミン・バトン/数奇な人生』  ○ショーン・ペン『ミルク』  ▲ミッキー・ローク『レスラー』
【主演女優賞】 ◎アン・ハサウェイ『レイチェルの結婚』  ○ケイト・ウィンスレット『愛を読むひと』  ▲アンジェリーナ・ジョリー『チェンジリング』
【助演男優賞】 ◎ヒース・レジャー『ダークナイト』  ○ジョシュ・ブローリン『ミルク』  ▲マイケル・シャノン『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』
【助演女優賞】 ◎エイミー・アダムス『ダウト~あるカトリック学校で』  ○ペネロペ・クルス『それでも恋するバルセロナ』  ▲マリサ・トメイ『レスラー』
【長編アニメ】 ◎ウォーリー  ○カンフー・パンダ  ▲ボルト
【外国語映画賞】 ◎おくりびと(日本)  ○戦場でワルツを(イスラエル)  ▲バーダー・マインホフ・コンプレックス(ドイツ)
【オリジナル脚本賞】 ◎ウォーリー  ○ミルク  ▲ハッピー・ゴー・ラッキー
【脚色賞】 ◎スラムドッグ$ミリオネア  ○ベンジャミン・バトン/数奇な人生  ▲愛を読むひと

 第32回日本アカデミー賞
【最優秀作品賞】 ◎おくりびと  ○クライマーズ・ハイ  ▲母べえ
【最優秀監督賞】 ◎滝田洋二郎『おくりびと』  ○原田眞人『クライマーズ・ハイ』  ▲山田洋次『母べえ』
【最優秀主演男優賞】 ◎本木雅弘『おくりびと』  ○堤真一『クライマーズ・ハイ』  ▲松山ケンイチ『デトロイト・メタルシティ』
【最優秀主演女優賞】 ◎木村多江『ぐるりのこと。』  ○仲間由紀恵『私は貝になりたい』  ▲広末涼子『おくりびと』
【最優秀助演男優賞】 ◎堺雅人『クライマーズ・ハイ』  ○浅野忠信『母べえ』  ▲山崎務『おくりびと』
【最優秀助演女優賞】 ◎樹木希林『歩いても、歩いても』  ○余貴美子『おくりびと』  ▲檀れい『母べえ』
【最優秀アニメーション作品賞】 ◎崖の上のポニョ  ○スカイ・クロラ  ▲名探偵コナン/戦慄の楽譜
【最優秀外国作品賞】 ◎最高の人生の見つけ方  ○ダークナイト  ▲ノー・カントリー
【最優秀脚本賞】 ◎小山薫堂『おくりびと』  ○内田けんじ『アフタースクール』  ▲加藤正人・成島出・原田眞人『クライマーズ・ハイ』

 

 自動車整備工のカーターと実業家で大金持ちのエドワードが入院先の病院で相部屋となる。カーターの家族は毎日のように見舞いに訪れ、一方のエドワードは秘書だけが世話と仕事の報告にやってくる。2人には共通点は何ひとつなかった。共に余命半年の末期ガンであること以外は。カーターは死ぬ前にやっておきたいことをメモした。名付けて“棺おけリスト”。エドワードはそれを見つけリストの遂行を持ちかける。初めは渋っていたカーターだったが、2人は周囲の反対を押し切って冒険の旅に出るのだった。
 ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン主演で、死を意識した初老男性2人の希望に満ちた余生を描く人間ドラマ。知りあうはずのない環境も家族も宗教も何もかも違う病室で知り合った2人が意気投合し、“棺おけリスト―やりたいことリスト”の項目をひとつずつ生き生きと駆け抜ける。ややもするとお涙ちょうだい的な感動ストーリーを爽快なユーモアで描き切ったのは、名匠ロブ・ライナー。
 素直に笑って泣ける映画にしあがっているし、それでいい感じだ。無理やり泣かす必要はない。全てがたどり着くべき処に落ち着いて、気持がほぐれてゆく。人生の最終段階にきてようやく、出来なかったことをやりつくし、ようやく本当の友を得る。気をてらった配役でなく、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンがあたかも自分自身を演じているかのように、自然に人生を見せる。
 もしかすると40代半ばを過ぎて出会った映画で感動と共感を得られたのかもしれない。若いころならわからなかった後半の人生の揺れる何かだ。それを期限付きの原稿の締め切りように、癌が蝕みきる前に人生を完成させなければならないのだ。自分だったらどうなるのだろう。こんなすっとぼけた、しかし味のある最期を迎えられるだろうか、ボクはきっと無茶をしないんだろう、何かやり残したような思いを残しながら。
 そしてもし、自分ではなく、余命半年の親が世界各国を回る旅に出たいとカテーテルの口を気にしながら打ち明けたらやはりボクは止めるだろう。はらはらするに決まっている。向かう場所はタージマハル、ピラミッド、ヒマラヤ、韓国、やることは、スピードレーシング、スカイダイビング、人生のフィナーレを豪勢に飾る中で心を触れ合わせてゆく。これが初共演なんだな、と驚いたジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンはやはりいぶし銀の演技で、この映画はこの名優2人の演技と、巧みな台詞使いの脚本の成果だと思う。これは奇蹟など起こらず、70歳の俳優2人が主役で、末期がんで死ぬわけだから悲しい映画である。しかし、なんとなくしてやったりという感じのする映画なのだ。かけがえのない友情を築いてゆく、それが素晴らしいが、それよりも、それぞれが自分の心から求めていた、しり込みしていたものを見出し、いちばん大切なことを確認することになる。嫌みじゃない笑いのたくさんちりばめられた、決して老いぼれた人間でない生き生きとした人生の夢冒険をやってのけた人生謳歌に乾杯だ。

◎作品データ◎
『最高の人生の見つけ方』
原題:The Bucket List
2008年アメリカ映画/上映時間:1時間37分/ワーナーブラザーズ映画配給
監督:ロブ・ライナー/製作総指揮:ジャスティン・ザッカム, トラヴィス・ノックス, ジェフリー・ストット/製作:ロブ・ライナー, クレイグ・ゼイダン, ニール・メロン, アラン・グライスマン/脚本:ジャスティン・ザッカム/音楽:マーク・シェイマン/撮影:ジョン・シュワルツマン
出演:ジャック・ニコルソン, モーガン・フリーマン, ショーン・ヘイズ, ロブ・モロー, ビバリー・トッド

recommend★★★★★★★★★★
favorite     ★★★★★★★★☆☆

 

 ロックト・イン・シンドローム―脳梗塞が原因で全身の筋肉が麻痺し、ほぼすべての運動機能が失われる症状。昏睡状態から病院で意識を取り戻したフランスの人気雑誌エル誌編集長ジャン・ドミニク・ボビーは、自分がどのような状態であるか分かるのに時間がかかった。左目のまぶた以外を動かすことができない。言葉を発することができない。意識ははっきりしている。彼に、言語療法士のアンリエットはまばたきでコミュニケーションを取る方法を学ばせる。愛する妻子や言語療法士ら周囲の心優しい人々に支えられながら、やがて彼はそのまばたきで自伝を書き始めた。たとえ体は潜水服を着ているように動かなくても、蝶のように自由に羽ばたく記憶と想像力で。そこには友達、帰らぬ日々、恋人、そして家族への溢れんばかりの想いが詰まっていた。
 有名ファッション誌の編集長として人生を謳歌する人生から一転、脳梗塞で左目のまぶた以外の自由が効かなくなってしまった男の実話を映画化。原作は主人公自身が20万回のまばたきで綴った自伝小説。監督は『夜になるまえに』のジュリアン・シュナーベルが務めている。主人公は当初ジョニー・デップが予定されていたが、彼は『パイレーツ・オブ・カリビアン』の撮影を選んだ。代わりに抜擢されたのが『ミュンヘン』の好演が記憶に新しいマチュー・アマルリック。ストーリーや展開は実にシビアだが、その中に温かみのあるユーモアがあり、独特の映像美も侮れない感動の実話。
 冒頭の何とも衝撃的な目線がカメラになった映像、そしてさらに右目を縫い付けるシーンまで、糸を通した針が目前に大写しになる叫びたくなるほどのシーンは、さすがにホラー好きのボクでも目を覆いたくなった。
 タイトルを直訳すると「潜水服と蝶」。潜水服とは身にまとった不自由な状態を表し、蝶はその中にあって彼の自由な思考や想像力を表現している。映像の中に比喩が表現されている。絶望的な状況の中で生きる希望を見出す主人公とそれを支える人々。監督は、派手な演出を排除し、冷静さを持って淡々と描く。主人公の目線だけで綴られていくネガティブな前半、後半は一転して希望を持ち広がってゆく想像力に呼応するようにカメラが自由に動きまわる。心情を視覚化したその手腕には恐れ入る。実在する原作者でもある本人を撮影したドキュメンタリー「潜水服と蝶-20万回の瞬きで綴られた真実」も作られた。「はい」は、まばたき1回。「いいえ」は、まばたき2回。次は、使用頻度順にアルファベットを読み上げていく。使いたい文字が読まれたらまばたきすることで、単語を作っていく。何とも根気のいる作業。しかし、絶望の淵からこの途轍もない根強さで希望を著した。日本語のタイトルが実にすばらしい。蝶の夢―自由にはばたく想像の世界ではどこへでも行くことができる。ロックト・イン・シンドロームに陥ったところから彼の経験、記憶、想像を丹念に追い、彼自身の独白を挿入する。ここに至るまでの主人公の葛藤がすべてまばたきによって語られたかと思うと感動する。深刻な状況にもかかわらず、ユーモアを忘れないウィットに富んだ彼の存在は、蝶の如く自由な想像力だ。
 その著作「潜水服は蝶の夢を見る」はフランスで14週、イギリスで6週連続ベストセラー1位を記録、全世界31ヶ国で出版され、世界を驚愕と感動で包み込んだ。ジュリアン・シュナーベル監督の最高傑作と言えるだろう。死に直面して初めて気づく生の重みに、今気づかせてくれたこの作品に感謝したい。
 第80回アカデミー賞では監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞にノミネートされたほか、数えきれないほどの賞を受賞している。ボクは昨年のベスト1作品に選んだ。

◎作品データ◎
『潜水服は蝶の夢を見る』
原題:Le Scaphandre et le Papillon(英語タイトル:The Diving Bell and the Butterfly)
2007年フランス・アメリカ合作映画/上映時間:1時間52分/アスミックエース配給
監督:ジュリアン・シュナーベル/製作総指揮:ジム・レムリー/製作:キャスリーン・ケンディ, ジョン・キリク/原作:ジャン・ドミニク・ボビー/脚本:ロナルド・ハーウッド/音楽:ポール・カンテロン/撮影:ヤヌス・カミンスキー
出演:マチュー・アマルリック, エマニュエル・セニエ, マリ・ジョゼ・クローズ, アンヌ・コンシニ, パトリック・シュネ

recommend★★★★★★★★★★
favorite     ★★★★★★★★★☆