ニューヨークの法廷で審理された事件。父親殺しの罪に問われた少年の裁判で、陪審員が評決に達するまで一室で議論する。法廷に提出された証拠や証言は被告である少年に圧倒的に不利なものであり、陪審員の大半は猛暑と個人的ストレスの影響があり、早く帰宅をしたかった。そして少年の有罪を確信していた。全陪審員一致でないと、有罪にはならない。大半の陪審員が有罪を確実視していたところ、ただ独り陪審員8番のみが少年の無罪を主張した。彼は他の陪審員たちに、固定観念に囚われずに証拠の疑わしい点をひとつひとつ再検証することを要求する。陪審員8番の熱意と理路整然とした推理によって、当初は少年の有罪を信じきっていた陪審員たちの心にも徐々にある変化が訪れる。
 既に法廷劇の代名詞となって久しい、アメリカ映画史に輝く傑作ドラマ。元々は高い評価を受けたTV作品で、その脚本・演出コンビによる映画版だが、そのいかにもTV向きの密室劇を上手くスクリーンに転化させた手腕は見事の一言。社会派ドラマを描かせたら天下一品の巨匠シドニー・ルメット監督作品。テレビドラマ版の原作者レジナルド・ローズが映画版でも脚本を執筆、主演男優のヘンリー・フォンダが映画のプロデュースも担当している。なんと本作品はシドニー・ルメットの監督デビュー作品。日本では監督第2作品目『女優志願』の方が先に公開された。ベルリン映画祭金熊賞と国際カトリック映画事務局賞を受賞した。同年度のアカデミー賞で作品賞を含む33部門にノミネートされたが、『戦場にかける橋』相手に敗れ受賞には至らなかった。俗に「法廷もの」に分類されるミステリ映画であり、密室劇の金字塔として高く評価されている。17歳の少年が起こした殺人事件に関する陪審員の討論が始まったが、誰が見ても有罪と思えたその状況下で、ひとりの陪審員が無罪を主張した事から物語は動き始める。
 ほとんどの出来事がたった一つの部屋を中心に繰り広げられており、「物語は脚本が面白ければ場所など関係ない」という説を体現する作品として引き合いに出されることも多い。はじめTVドラマ化のときも、一室での終始一貫撮影から、舞台での演出の方に向いているとされ、ドラマとしての必然性を問われていた。この映画化にあたり、やはり映画でないと表現できない部分に重きを置いている。制作費は約35万ドルという超低予算、撮影日数はわずか2週間ほどの短期間で製作された。
 この映画はヘンリー・フォンダ扮する陪審員第8番は「犯人は少年じゃない」と言っているのではなく、「有罪の証拠がない」ことを問い詰めている。そして、法廷ものでは必要不可欠な裁判シーンは一切なく、全編一室の中の出来事だ。この映画を観た時は度肝を抜かれた。96分という見やすさも相俟って、白黒の、ボクが生まれる前の作品がこんなに感動を与えてくれるとは。正義感、愚かさ、偏見、先入観、無関心、憎しみ、差別、さまざまな感情がとても丁寧に描かれている。8人の陪審員には、それぞれの生活があり、それぞれの人生があり、人種も収入も職業も価値観もさまざまだ。その価値感をひとつにまとめることは無理だ。それでも誰もが納得するイエスかノーかを決定しなければならない。中立はない。自分の信念を貫くことの重要さを、短気になることなく、周囲に流されることなく、丁寧に緻密に説得すれば、ことは好転するのだということを教えられた。アクションもので描かれる正義感と勇気はわかりやすいが、この映画のような状況で主人公が見せた正義感と勇気はまた全然違った特別な素晴らしさがある。ラスト、唯一、部屋から出たシーン、陪審員たちは、雨上がりの裁判所の階段を下り、ちりぢりに家路につく。その風景がとても満足したさわやかな表情に見えたのはボクだけだろうか。
 最近は日本の裁判員制度の導入に伴い、アメリカの陪審制度の長所と短所を説明するものとしてよく引用される。自分が呼ばれた時は、偏見に見ることなく、広い視野でじっくり考えてみたいと感じた。

◎作品データ◎
『十二人の怒れる男』
原題:12 Angry Men
1957年アメリカ映画/上映時間:1時間36分/ユナイテッドアーティスツ配給
監督:シドニー・ルメット/脚本:レジナルド・ローズ/製作:レジナルド・ローズ, ヘンリー・フォンダ/音楽:ケニヨン・ホプキンス/撮影:ボリス・カウフマン
出演:ヘンリー・フォンダ, リー・J・コップ, エド・ベグリー, マーティン・バルサム, E・G・マーシャル

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