Archive for 2009/06/09


 1899年当時西プレインの州都だった自由都市ダンツィヒ、そのさらに郊外のカシュバイの荒れ果てた地で4枚のスカートを履いて芋を焼いていたアンナは逃げて来たコリャウチェクをスカートの中にかくまった。その時にできた子、アグネスは第一次世界大戦後、ドイツ人のアルフレードと結婚するが、いとこのポーランド人ヤンと愛し合い、オスカルという名の男の子を産んだ。1924年3歳になったオスカルにアグネスはブリキの太鼓をプレゼントする。その日に大人たちの醜態を耐えられないと思ったオスカルは大きくなるのを拒み、自ら階段から転落をして成長を止める。周囲は転落が原因だと信じた。このときオスカルには太鼓をたたきながら叫び声をあげるとガラスが割れるという力を身につけた。オスカルは、アグネスとヤンがいまだに逢い引きを続けているのを知った時市立劇場のガラスをその力を使って割った。そのとき第三帝国を成立させ、ダンツィヒを狙うヒットラーの声が町中のラジオに響いた。ある日両親といっしょにサーカス見物に出かけたオスカルは、そこで10歳で成長を止めた団長のベブラに会い、小さい人間の生き方を聞いた。アグネスは再び妊娠し、精神を病んだアグネスは魚ばかりを貪るようになり自殺してしまう。やがて、ナチ勢力は強くなり、1939年9月1日、ポーランド郵便局襲撃事件が起こる。ポーランド人のヤンは銃殺された。母親代わりに少女マリアが来て、オスカーはベッドを共にする。マリアはアルフレードと結婚してクルトという男の子を産むが、オスカーは自分の息子だと思いこむ。3歳になったらブリキの太鼓をあげると約束した。オスカーはベブラ団長と再会し、サーカス団員として慰問に出かける。団員のロスヴィーダと恋に落ちるが、連合軍の襲撃を受けて、ロスヴィーダも死んでしまう。オスカーはクルトの3歳の誕生日に家に帰った。それはドイツ敗戦の前夜。ソ連軍にアルフレードも射殺され、葬儀の日、ブリキの太鼓を棺の中に投げ、彼は成長することを決意するオスカル。その時、彼はクルトが投げた石で気絶する。アンナはオスカルを介抱しながらカシュバイ人の生き方を語る。そして成長をはじめたオスカルは、アンナに見送られ、汽事に乗ってカシュバイの野から西ヘと向かっていった。
 第一次大戦とニ次大戦の間のダンツィヒの町を舞台に3歳で大人になることを拒否し自らの成長をとめた少年オスカルと彼の目を通して見た大人の世界を描く。「ブリキの太鼓」はドイツの作家ギュンター・グラスが1959年に発表した長篇小説。続いて書いた「猫と鼠」と「犬の年」ともに、いわゆる「ダンツィヒ三部作」と言われていて、第二次世界大戦後のドイツ文学における最も重要な作品のひとつに数えられる。この映画はその原作を1979年にフォルカー・シュレンドルフによって映画化されたものである。1979年度カンヌ国際映画祭パルムドール、アカデミー外国語映画賞を受賞している。
 正直、この映画を理解するには自由都市の時代からのダンツィヒの町の歴史を知らないと難しいかもしれない。原作は、現実と幻と夢が交錯し、毒舌が過ぎ、そこにスラブ調の雰囲気が加わって寂しいらしい。この大作を映画化するのは無理だと言われ、映画は原作の途中までを映像化しているようだ。この映画はホラーというよりはオカルト映画の部類に入れたいが、シリアスドラマでも構わない。だが、エロチックでグロテスクな表現と少年の異様さからオカルト映画としてとらえることにした。いかにも悪魔的要素を湛えた少年をダーヴィット・ベンネントは本当に不気味に演じ、驚かされる。ブリキの太鼓、スカートの中、少年の超能力的力、小さな人々、歴史的背景、戦争と侵攻、ナチスの独裁、あまりにも多くの要素の中に、オスカルの強い意志や悪魔的思考、そしてその壊れやすさに引き込まれてしまう。何となくおぞましい映画だ。ボクらは同じく第二次世界大戦をおこしたドイツと日本でありながら、決定的な差異というものを感じると思う。ポーランドの激動史を描いた作品は稀有なだけにチェックしておきたい。

◎作品データ◎
『ブリキの太鼓』
原題:Die Blechtrommel(英語タイトル:Tin Drum)
1979年西ドイツ・フランス・ポーランド・ユーゴスラビア合作映画/上映時間:2時間22分/フランス映画社配給
監督:フォルカー・シュレンドルフ/原作:ギュンター・グラス/脚本:ジャン・クロード・カリエール, ギュンター・グラス, フォルカー・シュレンドルフ, フランツ・ザイツ/製作:アナトール・ドーマン, フランツ・ザイツ/音楽:モーリス・ジャール/撮影:スザンネ・バロン
出演:ダーフィト・ベンネント, マリオ・アドルフ, アンゲラ・ヴィンクラー, カタリーナ・タールバッハ, ダニエル・オルブリフスキ

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 ロシアのとある裁判所で、ある殺人事件に結論を下す瞬間が近づいていた。被告人はチェチェンの少年、ロシア軍将校だった養父を殺害した罪で第一級殺人の罪に問われていた。検察は最高刑を求刑。有罪となれば終身刑だ。3日間にわたる審議も終了し、市民から選ばれた12人の陪審員による評決を待つばかりになった。12人の男たちは指定された学校の体育館に通されて、全員一致の評決が出るまでの間、幽閉される。バスケットボールのゴールや格子の嵌められたピアノといった備品に囲まれた陪審員たち。審議中に聞いた証言や証拠品、さらには個人的な予定の思惑もある者もいて、短時間の話し合いで有罪の結論が出ると思われた。すぐに挙手による投票が行われた。しかし、陪審員1番が有罪に同意できないと言い出した。陪審員1番は結論を出すには早すぎるのではないかと他の11人に問いただした。話し合うために、再度投票を行おうと提案。その結果、無実を主張するのが自分ひとりであったなら有罪に同意をすると言いだした。無記名での投票の結果、無実票が2票に増えた。新たに無実票を投じたのは、穏やかな表情を浮かべる陪審員4番だった。ユダヤ人特有の美徳と思慮深さで考え直したと前置きし、裁判中の弁護士に疑問が湧いたと語る。被告についた弁護士にやる気がなかったと主張した。このひとりの翻意をきっかけに、陪審員たちは事件を吟味する中、自分の過去や経験を語りだし、裁判にのめりこんでいった。
 1957年に製作されたアメリカ映画の『十二人の怒れる男』は社会正義を謳いあげた法廷ドラマとしてアメリカ映画史に法廷映画の不朽の名作として燦然と輝いている。この法廷ドラマの原点に新たに挑んだのは、『機械じかけのピアノのための未完成の戯曲』や『黒い瞳』、『太陽に灼かれて』『シベリアの理髪師』などのロシア映画界の名匠、ニキータ・ミハルコフ。アメリカ版の脚本の骨子を忠実に再現しながらも、現代ロシア社会の抱える混乱、偏見を鋭く抉り出し、現代ならではのドラマに仕上げている。少年をチェチェン紛争の孤児にするなど、背景に現代ロシアが抱える社会問題を大きく取り上げているわけだ。目撃者もあり、容疑は明白。さまざまな分野から任意に選ばれた陪審員たちも審議は簡単に結末を迎えると思われた。もはやオリジナル作品の時代のようには、社会正義を強調するほど短絡ではなくなってしまった世界を前にしながら、ミハルコフはそれでも人間に対する希望を失わずに描き、演じる。ヘンリー・フォンダのような独壇場ではなく、全員の背景と主張を丁寧に描いている。そして12人の生活、偏見、固執が浮き彫りになっていく。表面的な自由主義体制になったあげく、経済至上の風潮からモラルを失ってしまったロシアの人々の失意が、緊迫のドラマに一貫して隠れている。コンパクトにまとめあげられたアメリカ映画と違うのは、ひとりひとりに丁寧に焦点を当て、人物像をきめやかに描いている点。そして、密室ではありながら、少年の映像が挿入されたり、チェチェンの実情のシーンが挿入されたり、深刻さを鮮烈に観る者に与えるように作られている。俳優それぞれも見事な演技力を披露してくれる。緊迫感のなかに、ロシアの希望を語りかける渾身のドラマだった。ヴェネツィア国際映画祭で監督のニキータ・ミハルコフは、特別銀獅子賞を受賞したほか、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。
 個人的には、アメリカ版の『十二人の怒れる男』の登場で度肝を抜かれたインパクトは見出せず、それをロシアに置き換えたときの違いを堪能する感じに終わった。『12人の優しい日本人』くらい設定を変えてしまえば、またそれはそれで違った印象になったろう。
 裁判員制度が騒がれる中、この映画には多くの暗示があり、多くの見解やテーマが混在している。我々がこの世界においてどのように生きるべきかという問いに対する答えも含まれているように思う。我々は何者なのか、我々は自分にどう向かい、また隣人にどのように向きあい、これからをどう生きてゆけばいいのか、それを少しは見出させてくれる映画だと思う。

◎作品データ◎
『12人の怒れる男』原題:12
2007年ロシア映画/上映時間:2時間39分/ヘキサゴンピクチャーズ・アニープラネット配給
監督:ニキータ・ミハルコフ/脚本:ニキータ・ミハルコフ, ウラジミール・モイセエンコ, アレクサンドル・ノヴォトツキー/製作:レオニド・ヴェレスチャギン/音楽:エドゥアルド・アルテミエフ/撮影:ブラディスラフ・オペリヤンツ
出演:ニキータ・ミハルコフ, セルゲイ・マコヴェツキー, セルゲイ・ガルマッシュ, アレクセイ・ペトレンコ, ヴィクトル・ヴェルズヴィッキー

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