愛する妻のメイと、3人の子供たち、それはジム・ブラドックの何ものにも代えがたい大切なもの。前途有望な若きボクサーとして、強力な右ストレートを武器に栄光への階段を駆け上る彼が、タイトルを奪取するのは時間の問題といわれていた。しかし、1929年、右手の負傷がきっかけとなり、すべてを失った彼は、怪我をしたまま対戦しては負けを重ね、怪我と敗戦と貧困の悪循環へと陥っていった。それから4年。その夜も、完治していない腕で試合に臨み、結果、右手を骨折し惨敗。マネージャーのジョーの嘆願も虚しく、ついにボクサーのライセンスを剥奪されてしまう。失業者のひとりとなったジムは、怪我を隠して、過酷な肉体労働で日銭を稼ぐが、その仕事にすらありつけない日の方が多かった。しかしメイにとっては愛する夫の生死を案じて心乱すことなく、傷だらけで帰宅する彼も見ずにすむ、心の平安を得た初めての日々だった。だが、次男が病に倒れ、メイは家族を守るために子供たちを親類の家に預けることを決意する。それは彼女の苦渋の選択だった。しかしジムにとって、子供を手放すことは、すべてをあきらめることだった。彼は家族を失うよりは、自分の最後のプライドを捨てることを選び、ついに生活保護の列に並ぶ。それでもまだ子供たちを連れ戻すには足りず、かつて彼を見捨てたボクシング委員会へ赴き、援助を求めた。そんな彼の前に、かつてのマネージャー、ジョーが試合の話を持ってきた。世界ランキング2位、今最も勢いのある若手成長株との試合だった。対戦相手が見つからず、リングに上がって彼に打ちのめされてくれるならば、誰でも良い、そんな試合だった。ジョーはすまなそうに申し出るが、その報酬はジムにとって大金だった。彼にとって、家族を救う最後の手段だった試合、運命の一夜、奇跡は起こった。利き腕をかばっての過酷な肉体労働は、いつしか彼に強烈な左パンチを与えていたのだ。そして、まさかの逆転劇が起こる。それは、これからアメリカ中が目撃することになる伝説の幕開けだった。ジョーは彼のために奔走して試合を取り付け、ジムは次々と強敵を倒していった。そしてついに、ヘビー級世界チャンピオン、マックス・ベアへの挑戦権を得る。一度は夢破れながらも、家族のために、決してあきらめずに不可能を可能に変えてゆく父親の姿は、暗い時代に絶望した人々の心を打ち、彼は“シンデレラマン”と呼ばれた。ジムはいまや人々の希望と再生の象徴だった。だが、世界チャンピオンのベアは、リング上でふたりの選手を殺したことのある選手だった。
 家族のために戦った、実際に存在した英雄の物語。大恐慌時代のアメリカで、絶望的な貧困の中で家族のために必死にチャンスをつかもうとし、どん底の生活から一夜にして栄光をつかんだ伝説のプロボクサー、ジェームス・J・ブラドックの実話を基に描いた感動の人間ドラマだ。彼の姿は絶望の淵に立つ多くの人々に“希望”という言葉を思い出させた。ラッセル・クロウ、レニー・ゼルウィガーの2大アカデミー俳優が熱演を見せる。監督は『ビューティフル・マインド』のロン・ハワード。
 映画ではクライマックスの対戦相手マックス・ベアーが試合で2人殺していると描写されているが、実際は1人である。そして、ベアーは被害者の家族に慰謝料を払い、被害者の子供を学校に通わせている。また、傲慢な悪役として描かれているが、実際にはユーモアに富んだ人物だったそうである。それはさておき、ロン・ハワード、ラッセル・クロウ、レニー・ゼルウィガーの3人のオスカー受賞者が紡ぎだす至高の人間ドラマが、世界中をかつてない熱い涙で包み込む映画だ。“シンデレラマン”がアメリカの伝説として人々の心に刻まれたあの日、ボクシングの殿堂であるマディソン・スクエア・ガーデンを埋め尽くした観客たちの歓声は、ジムの耳にどれだけ届いていただろうか。彼が本当に聞きたかったのは、家族からの「おかえりなさい」という一言だけだったのだから。ボクシング映画は本当はあまり好きではない。目を覆いたくなるから。この拳闘シーンの撮影は出色の出来で、カメラのフラッシュの光、血しぶき、汗が交錯するリングでの熱い火花は、奥歯を噛みしめたくなる。不屈のボクサー役のラッセル・クロウ、マネージャー兼トレイナー役のポール・ジアマッティの名演がすばらしい。大恐慌時代の極貧生活は悲惨で、父は“ミルク”を求めて闘う。こうした苛酷な現実がクライマックスの感動への伏線となる。妻を演じるレニー・ゼルウィガーの演技が素晴らしい分、貧しさをみじめに強調するばかりなのは気になる。

◎作品データ◎
『シンデレラマン』
原題:Cinderella Man
2005年アメリカ映画/上映時間:2時間24分/ウォルトディズニースタジオ配給
監督:ロン・ハワード/脚本:アキヴァ・ゴールズマン, クリフ・ホリングワース/製作総指揮:トッド・ハロウェル/製作:ブライアン・グレイザー, ロン・ハワード, ペニー・マーシャル/音楽:トーマス・ニューマン/撮影:サルヴァトーレ・トチノ
出演:ラッセル・クロウ, レニー・ゼルウィガー, ポール・ジアマッティ, クレイグ・ビアーコ, ブルース・マッギル

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