1947年9月、ジョン・フォーブス・ナッシュ・ジュニアは、ニュージャージー州にあるプリンストン大学大学院の数学科に入学した。出身地のウエスト・バージニアで数学の天才と謳われた彼は、この年の栄えあるカーネギー奨学生だった。世の中に起きることは、すべてがナッシュの頭の中では方程式になった。「すべてを支配する真理、真に独創的なアイディアをみつけたい」と、ナッシュは授業に出る時間も惜しんで研究に没頭した。クラスメートたちからも次第に変人扱いされるようになる。そんなナッシュが目指すのは、マサチューセッツ工科大学のウィーラー研究所。だが、行けるのは1人だけ。焦燥感にさいなまれるナッシュを、彼にとって唯一の理解者だったルームメートのチャールズが慰める。。ある日、ナッシュは、150年間も定説とされてきたアダム・スミスの理論を覆す、単純で美しいナッシュ独自の理論を構築して、ウィーラー研究所へのパスポートを手にした。しかし、そこでも彼は満足できなかった。ソ連との冷戦下にあるこの時代に、数学者は第2次世界大戦では暗号解明に貢献した。ナッシュの心に新たな焦燥感が生まれていた。そんな時、諜報員パーチャーという男がナッシュに近づいた。パーチャーはナッシュに、雑誌に隠されたソ連の暗号解読を依頼する。スパイになったナッシュは、世界の危機を救うため、その秘密の任務に心血を注いだ。ナッシュのその奇妙な言動にも、授業で知り合った聴講生のアリシアだけは純粋さを感じ、深い理解を示した。数学だけに明け暮れてきたナッシュは、彼女と過ごす時間に初めて癒しを感じる。やがて、ふたりは結婚した。結婚後も、妻にも黙って秘密の任務は続けていたナッシュ。アリシアが子供を身ごもったころから、ナッシュのプレッシャーはますます大きくなった。命の危険を感じる出来事も重なった。任務を降りたくてもパーチャーは許さない。出没する怪しい人影はソ連側の暗殺者なのか、それとも国防省の監視なのか。ナッシュは恐怖におののいた。極限状態にまで追いつめられ、自分を見失っていくナッシュ。アリシアはそんなナッシュを、ふたりが出逢った町プリンストンに連れて帰る。このまま人間として朽ち果てていくのか。それとも立ち直れるのか。母校プリンストン大学に抱かれるように暮らしながら、ナッシュの静かで長い闘いの日々が始まった。実はナッシュは、大学生の時から統合失調症だった。本人はそうだと気付かずに生活していたが、ある時それが幻覚であることに気づいた。チャールズもスパイも幻覚。妻に支えられて幻覚と闘いながらも、思いがけずノーベル賞を受賞することになった。幻覚症状は治っていないまま、ナッシュは穏やかな心を手に入れており、受賞のあいさつで妻への感謝を述べるのだった。
 「ゲーム理論」の土台を完成させ、その後の経済学に大きな影響を及ぼしたノーベル賞受賞の実在の天才数学者、ジョン・ナッシュの半生を描く物語。アカデミー賞やゴールデングローブ賞などで各賞を総なめにした。求め続け、探し続け、研究に打ち込むあまり、自分の魂のありかさえわからなくなっていくある天才数学者。精神が極限状態に追い込まれ、壊れそうになる自分と闘いながら、やがてノーベル賞を受賞するまでの苦難の47年間を、この映画は丹念に丁寧に描いている。この作品は、冷戦下のアメリカの緊迫した時代に生きる天才学者の危うさを描く一方、何かを求め続ける意志の強さがすべてを克服していくさまを力強く物語っている。また、現実と幻想の境を行きつ戻りつする主人公の心を、一種のサスペンスのように、独特の手法で魅せていく。ジョン・ナッシュを演じたラッセル・クロウは、脚光を浴びた青年時代から一転、心の闇へ突入し、再起を果たすまでの波瀾の人生を、魂のこもった演技で表現した。壊れてしまった天才を愛し、支える妻アリシアには、大人の演技を見せたかつてのアイドルだったジェニファー・コネリー。他にもエド・ハリスやジャド・ハーシュ、クリストファー・プラマーなど芸達者な役者が脇を固めている。
 実際のナッシュはバイセクシャルであり、男性との浮気がもとで離婚しているため、映画化されたナッシュは現実からあまりにも美化されていると物議を醸し出した。また、映画における統合失調症の誇張された描写がこの病気に対する誤解を招くとの指摘もあった。この作品にみられるほどの明瞭な幻視体験は稀なことらしい。しかしボク自身は母の介護の際、こういった幻覚の譫妄状態を目の当たりにしているので、誇張とも捉えられなかった。それを念頭に置いてこの映画を堪能すると、ナッシュに見えた見えないものは天才にこそ見える凡人には見えない何かだと思う。ナッシュは、「ゲーム理論」の発明者としてノーベル経済学賞に輝いた数学の天才。それが独創的な新理論や暗号の解だけならいいが、数々の幻覚や幻聴が現実の人間と対等の存在でナッシュの前に出現し、彼の人生に複雑な影を落とす。天才と狂人は紙一重なのはこれまでも書いてきたセオリー。この映画の斬新さは、通常の表現を避け、世界が天才の目にどのように映り、それに対応していくかという視点を徹底し、その世界を観る側に追体験させてくれる点にあると思う。

◎作品データ◎
『ビューティフル・マインド』
原題:A Beautiful Mind
2001年アメリカ映画/上映時間:2時間15分/UIP配給
監督:ロン・ハワード/原作:シルヴィア・ネイサー/脚本:アキヴァ・ゴールズマン/製作総指揮:カレン・ケーラ, トッド・ハロウェル/製作:ブライアン・グレイザー, ロン・ハワード/音楽:ジェームズ・ホーナー/撮影:ロジャー・ディーキンズ
出演:ラッセル・クロウ, ジェニファー・コネリー, エド・ハリス, クリストファー・プラマー, ポール・ベタニー

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