19世紀末の北イタリア、ベルガモ。農村は貧しく、小作人としてバティスティ一家は他の数家族と一緒に働いていた。子供の誕生、結婚、親子喧嘩、牛の看病にトマトの栽培。そこには貧しい生活の中にも小さな喜びと悲しみがあった。ある日、バティスティは息子のミネクの表情が暗いのに気づく。ミネクは1足しかない木靴を、学校の石段で割ってしまったのだ。バティスティは息子のために、河の畔に並ぶポプラの木を1本伐り、木靴を作ってやった。ところが、そのポプラは地主の所有物であり、これが原因でバティスティ一家は農場を追われる。バティスティ一家が荷車をまとめていた。少年の腕には、母が夜なべをして縫った学校鞄。この光景を見る者は誰もいなかった。そして、人々は荷車が去ったあとを見守るのだった。
 「偽りの晩餐」「聖なる酔っぱらいの伝説」のエルマンノ・オルミの名を世界的に広めた傑作。映画の題材は19世紀から20世紀への変わり目の時代の封建的社会の犠牲者だった農夫の生活である。エピソードを連ねてじっくりと描かれる、貧しい農夫たちの人間模様。イタリアの新写実主義の継承者と呼ばれたオルミの、素朴ながら重厚なタッチが冴える。いろいろな場面で本物の農夫や素人を起用している。今にも死にそうな牛の世話をする農夫の祈りが実って、奇跡的に牛が回復するエピソードは感動的で、静かだが人と土への愛に溢れる世界観は秀逸。四季のめぐりの中にいっさいのドラマティックな粉飾を排し、悠然と描き出した感動作だ。カンヌ映画祭のパルムドールやセザール賞の最優秀外国映画賞をはじめ14の賞を受賞した。原作は東ロンバルディア方言を使用している。エルマンノ・オルミは監督だけでなく脚本や撮影も兼ねている。音楽はバッハ作曲のオルガン曲をフェルナンド・ジェルマーニが演奏している。
 3時間もの間、静かで淡々として進むイタリア映画特有のリアリズムを追った映画だが、全く飽きることはない。この映画は、貧しさの中で温かさや力強さ、逞しさと言ったものを全面的に押し出してくる映画が多いところ、そういう要素を微塵も取り入れておらず、自然に魅せてくれる。タイトルの「木靴の樹」のエピソードは少ししか出てこないが、それが農民の極限の状況を象徴している。大したストーリーはない。カメラはただ、貧困に耐える農民の日常的な生活風景を、じっと見据えたように丹念に追うだけだ。淡々と映しているだけなのに、なぜこれだけでこんなにも温かさを感じるのだろうか。それはデリカシーに溢れ、叙事詩のような美しさを描き出している。
 同情こそすれ抗議することもできない他の3家族は、村を出て行く家族を物陰からそっと見守るしかなかった。決してハッピーエンドではない。絶望だけでもない。時代の変化が片田舎の村にもじわじわと訪れる気配を漂わせている。村を出る家族にも、微かな光明を感じさせる。全編を自然光だけで撮影されたと言われているこの作品。監督自身が祖母から聞いた話が基になっているらしい。封建的な社会ではどこにでもあったお話。それを大叙事詩として描いたエルマンノ・オルミは素晴らしいと思う。われわれは過去の物語としてではなく、21世紀を迎えた今も同じような問題を抱えている現実をしっかりと見据えることが大事だ。
 ブリューゲルやミレーやテオドール・ルソーのような美しい風景画を漠然と連想させる原風景がとにかく美しいのにも注目。ストーリーにとって重要性なんてないと思われるシーンひとつひとつが、脳裏に焼き付いている。雨でできた大きな水溜りでバタバタするニワトリ。それを見やる少女。おそらく監督の宗教的な目線がテイストとして加わっているせいかもしれない。宗教に敬虔な人々の姿が感動を与えているように思う。どんな状況にあってもキリスト教を崇拝する心を失わない。この作品にはその神様の助けがあるわけではない。それが儚くてたまらない。

◎作品データ◎
『木靴の樹』
原題:L’albero Degli Zoccoli(英語タイトル:The Tree of Wooden Clogs)
1978年イタリア・フランス合作映画/上映時間:3時間6分/フランス映画社配給
監督・脚本・撮影:エルマンノ・オルミ/製作:GPC/音楽:フェルナンド・ジェルマーニ
出演:ルイジ・オルナーギ, フランチェスカ・モリッジ, オマール・ブリニョッリ, カルメロ・シルヴァ, マリオ・ブリニョッリ

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