2001年9月11日。アメリカはいつもと変わりない朝を迎えた。西海岸に僅かにかかっている雲も昼頃には無くなり、全国的な晴天になると予測されていた。ニューアーク空港も、いつものように朝の喧騒に包まれていた。離発着の渋滞が発生し、8時発予定であったユナイテッド93便は、40名の乗客を乗せ、41分遅れてサンフランシスコへ飛びたった。飛行時間は5時間25分。同じころ、ボストン管制センターが最初の異変に動揺していた。ある時点から呼びかけに応えなくなったアメリカン11便と一時的に回線が繋がったとき、機体を制圧したという宣言をする音声を管制官が聞き取ったのである。各所に情報が伝達され動揺が拡がるなか、アメリカン11便はマンハッタン上空でレーダーからその姿を消した。直後、ワールド・トレード・センターの北棟に飛行機が突っ込み、炎上したことが伝えられた。モニターに映された惨状に、連邦航空局は旅客機の衝突を確信する。やがて、アメリカン11便と同様にボストンを発したユナイテッド175便もまた、異様な降下を開始する。その矢先、大勢の見守る目の前で、ツインタワーの残る一棟に突入した。事故でなく、テロだと察知した連邦航空局は、飛行する全ての旅客機に、コックピットへの潜入を警戒するよう呼びかけるメッセージを送信する。だが、その真意が乗員たちに浸透するよりも早く、ユナイテッド93便に登場していた5人のハイジャック犯が動きはじめた。テロリストが爆弾を持って操縦室を制圧。機内は混乱に陥るが、地上で起こっている事態を知った乗客と乗員たちは、わずかな武器を手に立ち上がった。
 アメリカ同時多発テロでハイジャックされた4機のうち、ユナイテッド航空93便の離陸から墜落までの機内の様子を、残された資料や証言などにより可能な限り再現、製作されたノンフィクション映画。製作には遺族のほとんどからの了承が得られている。2棟のビルから立ち上る煙、崩れ落ちていくワールド・トレード・センターの映像を見ながら、それが真実とは誰もが信じられなかった。本作は、9・11のテロ事件でハイジャックされた4機の航空機のうち、唯一、目標に到達せずに墜落したユナイテッド航空93便の物語。そこに映し出された生々しい真実は、圧倒的な臨場感を持って観る側胸にのしかかってくる。監督は、『ボーン・スプレマシー』のポール・グリーングラス。出演者にスターを起用せず、搭乗した乗客の年齢などを考慮して選ばれた俳優たち、そしてリアリティを追求するため実際のパイロットや管制官、客室乗務員役を起用している。そして、空港との無線等には、事件当時の実際の音声が一部使用されている。すでに薄れていく記憶を、まざまざと甦らせる本作は、とても意義深い。ただし、ユナイテッド航空93便の墜落については不審な点も多く、ノンフィクション映画とされてはいるがすべてを現実として鵜呑みにする事は危険かもしれない。カメラワークはわざとぶらしたような効果を出して、まるで観客が体感できるような形で展開する。リアリティ追求のため当時の誤報、情報の錯綜もすべて再現してある。当初はホテルを出発する乗客の姿を写す予定だったが、空港につくまでどの便の乗客が被害者になるのかわからないという描写をとりこみ、すべてカットされている。金や話題づくりのための映画と批判も相次いだが、スタッフの誠実さと熱意なしには成しえなかったことであると評価された。また冒頭はアフガニスタンでウサーマ・ビン・ラーディンと実行犯モハメド・アタとの会話から始まる予定だったが全てカットされている。
 事件当時のニュース映像は唖然とさせた。しかしそれが、いかに歴史的に稀有なテロ事件だということを時とともにわれわれも実感してゆく。そして、この映画を見るとき、『ワーリド・トレードセンター』などを観るよりも、乗客の視点で真実のみを追求した映像で、より悲しみを感じさせる。それぞれの人間ドラマなんて全く描いていないのに、どうして胸の奥底からこみ上げるものがあるのだろう。
 殺されるパイロット、戸惑う乗務員、怯える乗客、そして実行犯の表情。全てがあたかも同じ場所にいる乗客になったかのような感覚に陥ってしく。高度がどんどん下がっていき、死を覚悟した犠牲者たちの心がずしりと伝わってくる。こうした凄惨な現実を題材にした作品は、あり得ない主役を設定し、変なロマンスを加えて台無しにし、ナレーションを大量に被せて作品を感傷に仕上げてしまうことも多い。乗客全員が主役であり、登場するすべての人々がそれぞれの立場から対峙する9・11事件という出来事に照準を合わせている。特定の誰かに感情移入するということでなく、実体験としてこの事件に向かい合うよう誘導している。あまりに徹底しているため、静かに始まる非常事態が、日常からの事件への推移を違和感なく巻き込まれてゆく。派手さはないが、重すぎて繰り返し何度も見られるものではない。しかし、これは忘れてはならないこと。またあらためて向かい合いたい、そう思わせるこの映画は、あの事件からわずか8年しか経っていないが、それでも現れるべくして現れた作品と言えると思う。

◎作品データ◎
『ユナイテッド93』
原題:United 93
2006年アメリカ映画/上映時間:1時間51分/UIP配給
監督・脚本:ポール・グリーングラス/製作総指揮:ライザ・チェイシン, デブラ・ヘイワード/製作:ティム・ビーヴァン, エリック・フェルナー, ポール・グリーングラス, ロイド・レヴィン/音楽:ジョン・パウエル/撮影:バリー・アクロイド
出演:コーリイ・ジョンソン, デニー・ディロン, タラ・ヒューゴ, サイモン・ポーランド, デイヴィッド・ラッシュ

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