舞台は1959年のバーモントのウェルトン・アカデミー。全寮制で高い進学率を誇るこの名門校に、OBである新任の英語教師キーティングが赴任してくる。彼は型破りな授業を行い、また人生を楽しむ心を説いていった。ノーラン校長の監理下、厳格な規則に縛られている学生たちは、このキーティングの風変わりな授業に、最初はとまどったが、次第に刺激され、新鮮な考えに目覚めていった。ある日、生徒のひとり、ニールが学校の古い年鑑に、キーティングが学生時代、“デッド・ポエッツ・ソサエティ”というクラブを作っていたことを見つけ、ダルトンやノックス、そしてニールの同室である転校生のトッドらと共に、近くの洞窟でクラブを再開させた。自らを語りあうことで自分がやりたいものは何か自覚していった。ノックスはクリスとの恋を実らせた。ニールは俳優を志し「真夏の夜の夢」の舞台に立った。しかし二―ルの父親はそれを許さず、陸軍士官学校に転校させようとして、ニールは自殺してしまう。学校側は、退学処分を切り札に“デッド・ポエッツ・ソサエティ”のメンバーに証言を強要、煽動者としてキーティングの退職へと事態を進展させたのだった。キーティングが学院を去る日、トッドたちは校長の制止も聞かず机の上に立ちキーティングを見送る。それは彼らのせめてもの抵抗の証しであった。
 ナンシー・H・クラインバウム原作小説をピーター・ウィアー監督が映画化した作品。ニューイングランドの全寮制学院を舞台に、学生たちの愛と生、そして死を描くドラマだ。この作品はアカデミー賞で脚本賞を受賞している。
 原題の“Dead Poets Society”は劇中の詩読サークルの名前で、邦題とはかけ離れている。邦題の「いまを生きる」は劇中でキーティングが発するラテン語“Carpe Diem”の日本語異訳。少し邦題がださいと感じるが、かといって「死せる詩人の会」と直訳するのもホラー映画のようになってしまう。これはすべて没した古典的詩人の作品のみ読むことからつけられた。また厳密には「いまを生きろ」ないしは「いまを掴め」といった意味になる。ジョン・シールが撮影したドラマの背景となる、初秋から冬にかけてのニューイングランド地方の風景がとても美しく印象的だ。教師と生徒の信頼で結ばれた関係が、独特の映像美の中で展開する。迷いや悩み、自分の殻から抜け出すことのできなかった生徒が「キャプテン、マイ・キャプテン!」と言いながらキーティングを支持するラストは圧巻だ。ロビン・ウィリアムズもはまり役で、静と動を使い分けた演技を披露している。
 この映画で、学生たちが生き生きとしてくるところまでは、普通の学園ドラマにありがちな展開だ。二―ルが自殺をしてしまうあたりから、この映画は雰囲気を陰に変えてゆく。思った通り、キーティングは通常からはみ出したものとして、学校を追われてしまう。尊敬できる人間でも、異端はなかなか社会には受け入れられないのだ。それがとても哀しい。
 厳しい規則でがんじがらめに生徒を縛り付ける学校に新風を吹き入れるキーティングの姿は感動的で、人としてとても大事なことを教えてもらったような気がする。同じものを角度を変えて見ると全く違ったものが見えてくるように、物の考えや感じ方も十人十色なわけで、臨機応変に対応できたら今より人生を楽しむことが出来るのかもしれない。自分自身もそんな生き方をしたいと思う。中で出てくるフロストの言葉が印象的で、覚えておきたいと思うけど、なかなか覚えきれない。「森へ行ったのは思慮深く生き、人生の真髄を吸収するためだ。生活でないものは拒み、死ぬ時に後悔のないよう生きるため。森の分かれ道で人の通らぬ道を選ぼう、すべてが変わる」―この映画に学生時代に出会い、この言葉の意味を理解できていたら、と今思う。

◎作品データ◎
『いまを生きる』
原題:Dead Poets Society
1989年アメリカ映画/上映時間:2時間8分/ブエナビスタ配給
監督:ピーター・ウィアー/脚本:トム・シュルマン/原作:ナンシー・H・クラインバウム/製作:スティーヴン・ハーフ, ポール・ユンガー・ウィット, トニー・トーマス/音楽:モーリス・ジャール/撮影:ジョン・シール
出演:ロビン・ウィリアムス, イーサン・ホーク, ロバート・ショーン・レナード, ジョッシュ・チャールズ, ゲイル・ハンセン

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