非行少年による暴力が横行する近未来のロンドン。そのころのロンドンは共産主義政権にあり、国民は「時計じかけのオレンジ」のように統制され、管理されている。アレックスは仲間と毎日のように暴力、輪姦、強盗、殺人あらゆる悪事を重ねてきた。ある夜、中年女性を死に至らしめた彼は仲間に裏切られ刑務所行きに。刑期は14年。しかし刑期を待ち続けるのが嫌な彼は2年後、政府が打ち出した、反犯罪性人格の治療法「ルドヴィコ治療」の実験の被験者になることを条件に、社会に戻ることを許される。実験は成功し、はれて自由の身となったアレックスは、ほんのわずかな暴力や大好きな第九にも吐き気を覚えるほどの嫌悪感を強制的に植え付けられた。更正したアレックスを待ち受けていたのは、彼のその特性を利用しようとする反政府の人々であり、彼らは政府を批判しようと、アレックスを自殺に追いこんだ。命は助かったが、アレックスの洗脳は解けてしまう。入院をしていると、この「ルドヴィコ治療」を実施させた政府が、マスコミに非難されたため、和解の証にアレックスの大好きだった第九をプレゼントする。その音の中でアレックスは、より大きな悪に生まれ変わってしまう。
 アンソニー・バージェスの同名小説を映画化した作品。原作者自身が「危険な本」と語っている。アレックスは原作では15歳という設定になっているが、映画ではもう少し年上の学生。アレックスが麻薬入りのミルクを飲むミルクバーでたむろしステレオで心酔するベートーベンの「交響曲第9番」や、レイプシーンに流れる「雨に唄えば」など、音楽による効果的な演出が随所に見られる。その音楽を担当したのはウォルター・カーロスで、シンセサイザーを用いたベートーヴェンの「交響曲第9番」に加工した合唱が加わる斬新なものと、オーケストラの演奏による同曲、エルガーの「威風堂々」、ロッシーニの「泥棒かささぎ」など贅沢にクラシックが使われている。タイトル音楽として使われている楽曲は、ヘンリー・パーセルの「メアリー女王の葬送音楽」。暴力やセックスなど、欲望の限りを尽くす荒廃した自由放任と、管理された全体主義社会とのジレンマを描いた、風刺的な作品。監督スタンリー・キューブリックの大胆さと繊細さによって、人間の持つ非人間性を悪の舞踊劇ともいうべき作品に昇華させている。原作同様、ロシア語と英語のスラングで組み合わされた「ナッドサット言葉」なるものが使用されている。 皮肉の利いた鮮烈な風刺だが、一部には暴力を誘発する作品であるという見解もある。
 1971年に製作された映画だけど、いまだに新鮮さを失わない。この映画に描かれている暴力は変わることのない社会への反動的な抵抗なのだと思う。「ルドヴィコ治療」の、アレックスを椅子に縛りつけ、まぶたにクリップをつけて目をつぶることができない状態にし、けんかや暴力や殺しの映画を見せ続けさせるシーンが実にセンセーショナルだ。犯罪性反射神経を抹殺し、悪人を善人に矯正できると主張する設定。監督は雑誌のインタビューに「結局、人間は地球上に現れた最も冷酷な殺し屋だ。暴力に関するわれわれの関心は、われらが原始時代の先祖と、潜在意識のレヴェルでは少しも変わっていない」と言っている。自分自身で考えることができるという人間の最大の特性である選択の自由は、どんな悪人からであっても決して奪ってはいけない、ということだろうか。当時、この作品を見て犯罪を犯した者がいた。この映画が公開された年、アラバマ州知事ジョージ・ウォレスの暗殺を図り、逮捕された。彼は『時計じかけのオレンジ』を見てずっとウォレスを殺すことを考えていたというのだ。暴力を暴力で風刺したこの作品は、新たな暴力を生んでしまった。しかし、事件連鎖は起こるもので、この映画のせいではない。この時代、この政府によるロボット化が更生には導かれず、自殺に追いやってしまったということが、モチーフだ。う~ん、ボクは賛同も批判もできないが、とにかく戦慄を覚えた。

◎作品データ◎
『時計じかけのオレンジ』
原題:Clockwork Orange
1971年イギリス映画/上映時間:2時間17分/ワーナーブラザーズ映画配給
監督・脚本・製作:スタンリー・キューブリック/原作:アンソニー・バージェス/音楽:ウォルター・カーロス/撮影:ジョン・オルコット
出演:マルコム・マクダウェル, パトリック・マギー, マイケル・ベイツ, アドリエンヌ・コリ, ウォーレン・クラーク

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