1936年の晩冬、スペインのガリシア地方の小さな村に、学校が恐くて仕方ない少年モンチョがいた。少年は喘息持ちで皆と一緒に一年生になれなかった。8歳のモンチョ少年はようやく学校に行く日を迎えた。しかし、初日に緊張のあまりお漏らしをしてしまう。しかし担当の老教師グレゴリオ先生の包み込むようなやさしさに触れ、モンチョは次第に学校に馴染んでいく。モンチョは、先生と森へ繰り出し、蝶に渦巻き状の長い舌があることや、鳥の求愛行動を学んでいく。ところが、そんな平和な生活も束の間。時代はスペイン内戦を迎えてしまう。広場に集まった群衆の前に、ファシズムに反対する共和派の人々が、両手を縛られて一人ずつ姿を現わす。罵声が飛び交うその中には、共和派だったグレゴリオ先生の姿もあった。モンチョは母のローサに、皆と同じように先生を大声で罵るように言いつけられる。よく意味もわからず口を開いたモンチョだが、先生たちを乗せた車が走り出すと同時に、それを必死で追いかけて、こう叫んだ。「アテオ(不信心者)! アカ! 犯罪者!ティロノリンコ! 蝶の舌!」。
 『蝶の舌』は、8歳の少年モンチョが大好きな先生と出会い、大自然の驚異に触れながら成長し、やがてスペイン内戦という悲劇的な時代に直面するまでを描いた運命の物語である。穏やかそうなタイトルには深い意味があり、辛辣で残酷な物語だ。スペイン国民文学賞に輝いたマヌエル・リバスの原作を、名匠ホセ・ルイス・クエルダ監督が映画化。戦争によって人々の平和がいかに崩されていくかが、牧歌的な映像美とともに痛切につづられていく傑作。見終わって、しばらくは誰とも何も語れなくなるほど心を揺さぶられること必至だろう。痛ましく哀しい。1999年サン・セバスチャン映画祭で上映されると、映画のラストで少年の叫びに激しく胸を打たれ、観客たちの拍手は鳴り止むことなく続き「芸術の飛翔!」「涙なしには観られない」とマスコミを熱狂させた。さらに、同年スペインのアカデミー賞と言われるゴヤ賞では、13部門ノミネートという快挙を成し遂げ、脚本賞においては受賞もしている。音楽は「オープン・ユア・アイズ」の監督としても知られるアレハンドロ・アメナバル。出演はフェルナンド・フェルナン・ゴメス、新人の子役マヌエル・ロサノなど。1999年スペイン・アカデミー〈ゴヤ〉賞脚色賞を受賞。
 病弱の少年が心優しい先生との交流を通じて成長していく姿を、そして2人がスペイン内戦という荒波にもまれて迎える悲劇のときを描いた感動のドラマ。最初は少年の不遇の待遇から成長へと繋がる子弟愛を予想させる心温まる映画だと思った。ところが、この映画の本質は全く違うところにあった。戦争が与えた少年へのギフトは人を愛することではなく、残酷さだった。森のこと、虫のこと、花のこと、あるいは友情のこと、教室で押しつける知識だけではなく、グレゴリオ先生は自分の知っている本当のことを丁寧にわかりやすくモンチョに教え、モンチョも吸収してゆく。恋愛や人間関係の酸い甘いも少しだけ学んでいく。子供時代を描く映画に人は決まってそれぞれの記憶や思い出、あるいはわが子の姿を投影する。監督はセンチメンタリズムにある距離を置いた。忍び寄る不吉なファシズムの足音。そして、少年と教師の別れのクライマックス。幼い心には辛すぎる初めての大きな決断のとき、モンチョの無垢な心はは終わりを迎え、生まれて初めて現世界の無常を学ぶ。脆いセンチメンタリズムなどは皆無、ストーリー展開から豆鉄砲を食らった鳩のように虚無感に苛まれる。涙は出ず、絶望感でいっぱいになったところでエンドロールに切り替わる。
 原作者マヌエル・リバスは、誰にも見えないような小さなものに輝きを与えること、傷口に適切な香油を塗ること、真実を語ることにおいて達人かもしれない。最初は絵はがきのように美しい。ラストは、残酷であり、難問を観客に突き付ける。果たして、自分にモンチョ少年のような勇気ある行動がとれるであろうかと。他ファ弑勇気かどうかはわからない。しかし、生きてゆくのに必要な勇気だと思う。本当に叫びたかったのは先生が生徒に伝えた「ありがとう」のお返しの言葉だったはず。先生はモンチョの最後に叫んだ言葉を聞いたのだろうか。辛い映画だが、必見だ。

◎作品データ◎
『蝶の舌』
原題:La Lengua de las Mariposas(英語タイトル:Butterfly Tongues)
1999年スペイン映画/上映時間:1間35分./アスミックエース配給
監督:ホセ・ルイス・クルエダ/脚本:ラファエル・アズコーナ/原作:マヌエル・リヴァス/製作総指揮:フェルナンド・ボヴァイラ, ホセ・ルイス・クルエダ/音楽:アレハンドロ・アメナーバル/撮影:ハヴィエ・サルモネス
出演:フェルナンド・フェルナン・ゴメス, ヌマエル・ロサノ, ウシア・ブランコ, ゴンサロ・ウリアルテ, アレクシス・デ・ロス・サントス

recommend★★★★★★★☆☆☆
favorite     ★★★★★★★★☆☆

 

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