イギリスのとある街にある工場で働くハンナは、あらゆる感情を封印したかのように誰にも打ち解けず、黙々と働き、孤独な毎日を送っていた。彼女の過去は誰も知らない。時々どこかに電話をかける彼女は、相手が出ても何も話さず切ってしまう。全く休まないハンナを見た上司は、働き過ぎを理由に工場長から強引に1か月の休暇を言い渡される。そしてハンナはある港町にやって来る。しかし休暇など欲しくなかった彼女は特別することも思いつかない。そんな折り偶然入った中華料理屋で、看護婦を急募していることを携帯で話す男を見かけ、ハンナは自分は看護婦だと告げる。油田掘削所で火事が起こり、重傷を負った男性ジョセフを看護する人が必要だという。ハンナはすぐにヘリコプターで採掘所に向かう。患者のジョゼフは重度の火傷を負っており、更に火事のせいで一時的に目が見えなくなっていた。ジョゼフは彼を殺そうとした男を助けて重傷を負ったとハンナは聞かされる。ハンナは黙々とジョゼフを看護する。ジョゼフは時には強引に、時には冗談を交えて何とかハンナと交流を持とうとした。ジョゼフや、採掘所で働く心優しいコックのサイモンに、徐々にハンナは心を開き笑顔を取り戻してゆく。
 『死ぬまでにしたい10のこと』のイサベル・コイシェ監督が、再びサラ・ポーリーを主演に描く愛と命と再生の物語。心に深い傷を負い、誰にも言えない秘密を抱えて生きる孤独な女性の再生のドラマだ。質素な食事、潔癖症のように執拗に手を洗い、電話でも一言も発しない。ただ黙々と生きていたサラ・ポーリー演じるハンナの孤独な暮らしを追い、やがて海上の油田掘削所に舞台は変わる。外界から隔絶された場所と孤独志向の男たちに居心地の良さを感じ、視力を失って寝たきりのティム・ロビンス演じるジョゼフの言葉に耳を傾けながら彼女は少しずつ心を開き、遂には自らの過去を告白する。女性が少しずつ生きる喜びを思い出していくまでを丁寧につづる。サラ・ポーリーの表情のない演技とそこから笑顔を取り戻していくまでの変化の演技、ほとんどをベッドに寝たきり状態のキャラクターを演じたティム・ロビンスによる迫真の演技は秀逸。生きていることを恥じるほどの痛みに苦しんでも尚、生き続けるハンナの姿に、人はどう過去を背負い、未来に希望を見出して行くのかが見事に描かれている。過酷な現実の中に見える一筋の光に心を動かされる。2005年ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門オープニング作品、2005年ゴヤ賞最優秀作品・監督賞・脚本賞受賞作品。
 冒頭は明らかに心に傷を負っている彼女が心を閉じた理由に興味が湧く。海に浮かぶ油田採掘所でそれぞれの孤独を背負う男たちの姿を描き出し、ハンナとの共通点を伏線に敷く。しかし、ハンナに心を開いてゆく、妻との不倫を知った親友に目の前で死なれた重症患者ジョセフやマッチョな採掘人からバカにされる海洋学者らを前にしてもまだ何も語らない。冷たい女性を印象付ける。ハンナの孤独はジョゼフの看護で、彼の残したニョッキをむしゃぶるようにほおばるシーンでもわかる。こんな美味しいもの食べたことないと言わんばかりのハンナの気持ちが伝わってくる。淡々とし過ぎてここまでが長すぎる感もある。しかし、ボスニア内戦中の民族淘汰によって心身ともに消えない傷を負った女性のトラウマは簡単に解けるものではないことを表現しているのだ。いつ掘削作業が再開されるかわからない閉ざされた環境の中、さまざまな国の人々のそれぞれの孤独の中で、人の痛みを互いに理解している優しい雰囲気に包まれる。ついに心を通わせたハンナがジョセフに秘密を伝えるところは涙なしには観られない。それでもまだ彼女はジョセフの目が見えないのをいいことに名前や髪の毛の色を隠し続ける。彼女が拘束されたクロアチアのホテルには体に傷を負わされた友達も実際にいたのかもしれないし、子連れも母親もいたのかもしれないが、3人称で彼女たちの悲劇を語り泣き崩れるハンナは自分のことを語っているのだ。それを察したかのようなジョセフ。晴れて病院に転送されるとき、ジョセフは彼女のことを「ハンナ!」と叫んだ。ハンナはクロアチアで傷つけられた友だちの名前のはずだ。これは過去の出来事と葬り去ってはいけないと我々に突き付ける映画だ。語り継ぐ者が必要なのに、被害者は生き残ったことさえ恥だと感じている。日本においても同じだ。汚点とする戦争や事件を消し去ろうとする傾向もあるけれど、我々戦争を知らない人間に説得力を与えるのは容易なことではない。これを涙しながら見て、二度と不幸を繰り返してはいけないのだと、心に刻まなければいけない映画だろう。冗漫でも最後まで見続けなければいけない映画だ。観てよかった。

◎作品データ◎
『あなたになら言えること』
原題:La Vida Secreta de Las Palabras(英語タイトル:The Secret Life of Words)2005年スペイン映画/上映時間:1間55分./松竹配給
監督・脚本:イザベル・コイシェ/製作総指揮:ハウメ・ロウレス, アグスティン・アルモドバル/製作:エステル・ガルシア/撮影:ジャン・クロード・ラリュー
出演:サラ・ポーリー, ティム・ロビンス, ハビエル・カマラ, スティーヴン・マッキントッシュ, エディ・マーサン

recommend★★★★★★★☆☆☆
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