1899年当時西プレインの州都だった自由都市ダンツィヒ、そのさらに郊外のカシュバイの荒れ果てた地で4枚のスカートを履いて芋を焼いていたアンナは逃げて来たコリャウチェクをスカートの中にかくまった。その時にできた子、アグネスは第一次世界大戦後、ドイツ人のアルフレードと結婚するが、いとこのポーランド人ヤンと愛し合い、オスカルという名の男の子を産んだ。1924年3歳になったオスカルにアグネスはブリキの太鼓をプレゼントする。その日に大人たちの醜態を耐えられないと思ったオスカルは大きくなるのを拒み、自ら階段から転落をして成長を止める。周囲は転落が原因だと信じた。このときオスカルには太鼓をたたきながら叫び声をあげるとガラスが割れるという力を身につけた。オスカルは、アグネスとヤンがいまだに逢い引きを続けているのを知った時市立劇場のガラスをその力を使って割った。そのとき第三帝国を成立させ、ダンツィヒを狙うヒットラーの声が町中のラジオに響いた。ある日両親といっしょにサーカス見物に出かけたオスカルは、そこで10歳で成長を止めた団長のベブラに会い、小さい人間の生き方を聞いた。アグネスは再び妊娠し、精神を病んだアグネスは魚ばかりを貪るようになり自殺してしまう。やがて、ナチ勢力は強くなり、1939年9月1日、ポーランド郵便局襲撃事件が起こる。ポーランド人のヤンは銃殺された。母親代わりに少女マリアが来て、オスカーはベッドを共にする。マリアはアルフレードと結婚してクルトという男の子を産むが、オスカーは自分の息子だと思いこむ。3歳になったらブリキの太鼓をあげると約束した。オスカーはベブラ団長と再会し、サーカス団員として慰問に出かける。団員のロスヴィーダと恋に落ちるが、連合軍の襲撃を受けて、ロスヴィーダも死んでしまう。オスカーはクルトの3歳の誕生日に家に帰った。それはドイツ敗戦の前夜。ソ連軍にアルフレードも射殺され、葬儀の日、ブリキの太鼓を棺の中に投げ、彼は成長することを決意するオスカル。その時、彼はクルトが投げた石で気絶する。アンナはオスカルを介抱しながらカシュバイ人の生き方を語る。そして成長をはじめたオスカルは、アンナに見送られ、汽事に乗ってカシュバイの野から西ヘと向かっていった。
 第一次大戦とニ次大戦の間のダンツィヒの町を舞台に3歳で大人になることを拒否し自らの成長をとめた少年オスカルと彼の目を通して見た大人の世界を描く。「ブリキの太鼓」はドイツの作家ギュンター・グラスが1959年に発表した長篇小説。続いて書いた「猫と鼠」と「犬の年」ともに、いわゆる「ダンツィヒ三部作」と言われていて、第二次世界大戦後のドイツ文学における最も重要な作品のひとつに数えられる。この映画はその原作を1979年にフォルカー・シュレンドルフによって映画化されたものである。1979年度カンヌ国際映画祭パルムドール、アカデミー外国語映画賞を受賞している。
 正直、この映画を理解するには自由都市の時代からのダンツィヒの町の歴史を知らないと難しいかもしれない。原作は、現実と幻と夢が交錯し、毒舌が過ぎ、そこにスラブ調の雰囲気が加わって寂しいらしい。この大作を映画化するのは無理だと言われ、映画は原作の途中までを映像化しているようだ。この映画はホラーというよりはオカルト映画の部類に入れたいが、シリアスドラマでも構わない。だが、エロチックでグロテスクな表現と少年の異様さからオカルト映画としてとらえることにした。いかにも悪魔的要素を湛えた少年をダーヴィット・ベンネントは本当に不気味に演じ、驚かされる。ブリキの太鼓、スカートの中、少年の超能力的力、小さな人々、歴史的背景、戦争と侵攻、ナチスの独裁、あまりにも多くの要素の中に、オスカルの強い意志や悪魔的思考、そしてその壊れやすさに引き込まれてしまう。何となくおぞましい映画だ。ボクらは同じく第二次世界大戦をおこしたドイツと日本でありながら、決定的な差異というものを感じると思う。ポーランドの激動史を描いた作品は稀有なだけにチェックしておきたい。

◎作品データ◎
『ブリキの太鼓』
原題:Die Blechtrommel(英語タイトル:Tin Drum)
1979年西ドイツ・フランス・ポーランド・ユーゴスラビア合作映画/上映時間:2時間22分/フランス映画社配給
監督:フォルカー・シュレンドルフ/原作:ギュンター・グラス/脚本:ジャン・クロード・カリエール, ギュンター・グラス, フォルカー・シュレンドルフ, フランツ・ザイツ/製作:アナトール・ドーマン, フランツ・ザイツ/音楽:モーリス・ジャール/撮影:スザンネ・バロン
出演:ダーフィト・ベンネント, マリオ・アドルフ, アンゲラ・ヴィンクラー, カタリーナ・タールバッハ, ダニエル・オルブリフスキ

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