ロシアのとある裁判所で、ある殺人事件に結論を下す瞬間が近づいていた。被告人はチェチェンの少年、ロシア軍将校だった養父を殺害した罪で第一級殺人の罪に問われていた。検察は最高刑を求刑。有罪となれば終身刑だ。3日間にわたる審議も終了し、市民から選ばれた12人の陪審員による評決を待つばかりになった。12人の男たちは指定された学校の体育館に通されて、全員一致の評決が出るまでの間、幽閉される。バスケットボールのゴールや格子の嵌められたピアノといった備品に囲まれた陪審員たち。審議中に聞いた証言や証拠品、さらには個人的な予定の思惑もある者もいて、短時間の話し合いで有罪の結論が出ると思われた。すぐに挙手による投票が行われた。しかし、陪審員1番が有罪に同意できないと言い出した。陪審員1番は結論を出すには早すぎるのではないかと他の11人に問いただした。話し合うために、再度投票を行おうと提案。その結果、無実を主張するのが自分ひとりであったなら有罪に同意をすると言いだした。無記名での投票の結果、無実票が2票に増えた。新たに無実票を投じたのは、穏やかな表情を浮かべる陪審員4番だった。ユダヤ人特有の美徳と思慮深さで考え直したと前置きし、裁判中の弁護士に疑問が湧いたと語る。被告についた弁護士にやる気がなかったと主張した。このひとりの翻意をきっかけに、陪審員たちは事件を吟味する中、自分の過去や経験を語りだし、裁判にのめりこんでいった。
 1957年に製作されたアメリカ映画の『十二人の怒れる男』は社会正義を謳いあげた法廷ドラマとしてアメリカ映画史に法廷映画の不朽の名作として燦然と輝いている。この法廷ドラマの原点に新たに挑んだのは、『機械じかけのピアノのための未完成の戯曲』や『黒い瞳』、『太陽に灼かれて』『シベリアの理髪師』などのロシア映画界の名匠、ニキータ・ミハルコフ。アメリカ版の脚本の骨子を忠実に再現しながらも、現代ロシア社会の抱える混乱、偏見を鋭く抉り出し、現代ならではのドラマに仕上げている。少年をチェチェン紛争の孤児にするなど、背景に現代ロシアが抱える社会問題を大きく取り上げているわけだ。目撃者もあり、容疑は明白。さまざまな分野から任意に選ばれた陪審員たちも審議は簡単に結末を迎えると思われた。もはやオリジナル作品の時代のようには、社会正義を強調するほど短絡ではなくなってしまった世界を前にしながら、ミハルコフはそれでも人間に対する希望を失わずに描き、演じる。ヘンリー・フォンダのような独壇場ではなく、全員の背景と主張を丁寧に描いている。そして12人の生活、偏見、固執が浮き彫りになっていく。表面的な自由主義体制になったあげく、経済至上の風潮からモラルを失ってしまったロシアの人々の失意が、緊迫のドラマに一貫して隠れている。コンパクトにまとめあげられたアメリカ映画と違うのは、ひとりひとりに丁寧に焦点を当て、人物像をきめやかに描いている点。そして、密室ではありながら、少年の映像が挿入されたり、チェチェンの実情のシーンが挿入されたり、深刻さを鮮烈に観る者に与えるように作られている。俳優それぞれも見事な演技力を披露してくれる。緊迫感のなかに、ロシアの希望を語りかける渾身のドラマだった。ヴェネツィア国際映画祭で監督のニキータ・ミハルコフは、特別銀獅子賞を受賞したほか、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。
 個人的には、アメリカ版の『十二人の怒れる男』の登場で度肝を抜かれたインパクトは見出せず、それをロシアに置き換えたときの違いを堪能する感じに終わった。『12人の優しい日本人』くらい設定を変えてしまえば、またそれはそれで違った印象になったろう。
 裁判員制度が騒がれる中、この映画には多くの暗示があり、多くの見解やテーマが混在している。我々がこの世界においてどのように生きるべきかという問いに対する答えも含まれているように思う。我々は何者なのか、我々は自分にどう向かい、また隣人にどのように向きあい、これからをどう生きてゆけばいいのか、それを少しは見出させてくれる映画だと思う。

◎作品データ◎
『12人の怒れる男』原題:12
2007年ロシア映画/上映時間:2時間39分/ヘキサゴンピクチャーズ・アニープラネット配給
監督:ニキータ・ミハルコフ/脚本:ニキータ・ミハルコフ, ウラジミール・モイセエンコ, アレクサンドル・ノヴォトツキー/製作:レオニド・ヴェレスチャギン/音楽:エドゥアルド・アルテミエフ/撮影:ブラディスラフ・オペリヤンツ
出演:ニキータ・ミハルコフ, セルゲイ・マコヴェツキー, セルゲイ・ガルマッシュ, アレクセイ・ペトレンコ, ヴィクトル・ヴェルズヴィッキー

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