妻子に愛想をつかされるほど仕事一筋の新しい大銀行の社員教育担当重役アリーは妻と娘に家出され、一人苛立ちながら車を飛ばしていた。しかし、そこで犬を撥ねてしまい、その飼い主のジョルジュをジョルジュというダウン症の青年を拾う。ジョルジュは母親と会うために施設を抜け出してきたのだった。母親の元に向かう二人。翌朝、ジョルジュはチョコレート・アレルギーの発作を起こして倒れている。アリーはジョルジュの面倒を見る羽目に。だが、その母親は数年前に死んでいた。全く別の世界に住む二人。そこの住人から聞いた住所をたよりにジョルジュの姉を訪ねるが、彼女は夫と家族がいてとても弟は引き取れない。アリーは海辺に妻の実家を訪ねるが、彼女は拒絶し、娘たちも会いたがらない。絶望するアリーを慰めるジョルジュ。幸せと哀しみを素直に表現するジョルジュに、今まで知ることのない生きる喜びを感じるアリー。「施設には戻りたくない、アリーと一緒に暮らしたい」と願うジョルジュ。アリーにはかつての自信はない。そこへジョルジュが、施設の仲間たちとともにベンツのディーラーから“借りた"ミニバスで乗り込む。アリーは彼らと祝賀用の花火を持って会社を飛び出す。海辺の閉鎖された遊園地で遊ぶ彼ら。ジョルジュとアリーはアリスの誕生日のプレゼントに多量の花火で夜空を彩る。そこへ警察が来て、みんなは補導された。ジョルジュとアリーは町のベンチで抱き合って一夜を明かす。一緒に時を過ごすうち二人の心は次第に溶け合い、お互いの人生を大きく変えていく。銀行の設立式は娘アリスの誕生日の当日。朝起きるとジョルジュの姿がない。ジョルジュは街に戻り、アリーの銀行の屋上に登って、買ったチョコレートを頬張ると、宙に身を投げた。街角にたたずむルンペン姿のアリー、緑にあふれる精神病の療養施設。純真な子供に帰った父を訪ねるアリーの娘たちの姿があった。
 エリート・ビジネスマンがダウン症の青年との奇妙な友情を通じて人生の本当の意味を知ってゆく様子を描いたファンタジー。現代人に求められる他者への愛情をテーマとした感動作。『トト・ザ・ヒーロー』のジャコ・ヴァン・ドルマル監督が、脚本・台詞もこなし、旧約聖書の天地創造をもじったオープニングのファンタスティックな映像作りや叙情的な自然描写に手腕を発揮している。ジョルジュ役のパスカル・デュケンヌは実際にダウン症であり障害者の劇団で活躍、その感性豊かな演技はカンヌ映画祭でも絶賛された。主演のエリート会社員はダニエル・オートゥイユ、2人は1996年のカンヌ国際映画祭で、2人で主演男優賞をダブル受賞。
 「この世の初めは無だった。あったのは音楽だけ。一日目、神さまは太陽をつくった。二日目、神さまは海をつくった。三日目、神さまはレコードをつくった。四日目、神さまはテレビをつくった。五日目、神さまは草をつくった。六日目、神さまは人間をつくった。日曜日、神さまは休息なさった。ちょうど七日目だった。そして八日目……」この映画はこの根レーションから始まる。カンヌで本作の終演後に、観客が主題歌を合唱したという話がある。とても感覚的な作品で、作品自体の評価としては非常に難しい。実際感動したボクが施設介護士の知り合いに見せたところ、酷評を浴びた。この作品は、そしてボクには、彼らのことが何もわかってないらしい。でも素晴らしい作品だと思った。感動した。生きる歓びの原点を描いていると感じた。シンプルだが奥が深い。アリーとジョルジュの目的は違うが、ロードムービー的な要素もあり、その中で共感、リアリズム、生きるという基本的な本能と理想を感じさせてくれる。ジョルジュが最後に取った行動には賛否があると思う。そしてアリーがそれによって人生を取り戻したのかどうかも詳しく触れていない。しかし、この映画が感動をもたらすのは、2人のこの感情表現だろう。ジョルジュは素直に喜怒哀楽をぶつけてくる。それを次第にうけとめてゆくアリー。ジョルジュ役のパスカル・デュケンヌは30台になった今もダウン症のまま俳優を続けている。自信がもらえる。
 タイトルの「八日目」とは,天地創造を7日間かけてやった神様が8日目に作ったものは何か問うタイトル。答えは「ジョルジュ」だろうか。

◎作品データ◎
『八日目』
原題:Le Hutieme Jour(英語タイトル:The Eighth Day)
1996年ベルギー・フランス合作映画/上映時間:1時間58分/アスミック配給
監督・脚本:ジャコ・ヴァン・ドルマル/製作:フィリップ・ゴドー/音楽:ピエール・ヴァン・ドルマル/撮影:ウォルター・ヴァン・デン・エンデ
出演:ダニエル・オートゥイユ, パスカル・デュケンヌ, ミュウ・ミュウ, アンリ・ガルサン, イザベル・サドワイヤン

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