泥沼のベトナム戦争で顔に重傷を負って帰還した若者アルは、故郷フィラデルフィアに近い海軍精神病院へ向かい懐かしい子供の頃からの親友バーディと再会した。しかし、バーディは檻のような精神病棟の一室で、鳥のようにかがんで身をすくませていた。前線で精神錯乱を起こした彼を、旧友の呼びかけで正気を取り戻らせられないかという、担当医師ワイス博士の追い詰められた望みだった。アルは物言わぬ親友に必死に呼びかけた、俺の前で芝居はよせ、と。しかし、バーディのおびえを湛えた虚ろなまなざしは、1日中格子窓を見上げ続けているままだったー。バーディは子供のころからひたすら鳥になりたいと考えている少年だった。スポーツマンでナンパに積極的なアル。人付き合いが下手で、自分の殻に閉じ込もりがちなバーディ。夢と現実の境いめでバーディは鳥になって空を自由に飛翔していた。錯綜する回想の中で、友を救いたい必死の呼びかけをアルは続けた。やがて精魂尽き果てたアルはバーディをただただ抱きしめた。ワイス博士は、治療を断念しようとした。その時、アルの名を呼ぶなつかしいバーディの声がアルの耳に飛び込んで来た。彼は正気を取り戻したのだ。しかし、ワイス博士は信用しない。アルは信じない博士や看護師から逃れるように、バーディの手を引き屋上に駆け上った。バーディの頭上には青空が広がった。バーディは屋上から飛び降りた。悲鳴をあげてかけ寄りのぞきこんだアルの目に飛び込んだのは、一段低くなった屋上に立って、ニッコリ笑うバーディの笑顔だった。
 いまや社会派ドラマを描かせたら超一流の名匠アラン・パーカー監督がウィリアム・ワルトンのベストセラー小説をもとに、戦争批判を下地に青春と友情を描いた初期のヒューマン映画。カンヌ国際映画祭特別グランプリ受賞。まだ若々しくて憎たらしくないニコラス・ケイジがアルを、マシュー・モディンがバーディを演じている。ニコラス・ケイジが実はあまり好きでない。でも、この頃は憎たらしさのかけらも見えないんだな。
 本当に鳥になりたいと思うバーディは本当に鳥になったかのように思える。彼の妄想は自由で確信的だ。戦争の後遺症がふたつの違った形でふたりの心に投影される。そして、その間の友情にさえ影を落とす。だが、最後には友情がその重い過去を超えて戻ってくる。戦争に行く前に還ったかのような無邪気な若者の屈託ない笑顔に戻ったとき、この映画は優しい希望となって観る側の胸に癒しを与えてくれる。たまたま戦争という伏線と批判と背景が、重要に錯覚するが、バックボーンや原因は何でもいい。これは友情の物語だ。そして、夢を現実にした妄想家の美しい物語だ。正直、すっとぼけたラストには拍子抜けしたが、あの無邪気な笑顔が戻った友情と正気の象徴なんだろうなと思う。ここまでピュアでガラスのような繊細さは現実味に欠け、戦争がなくたってバーディは精神を蝕まれてもおかしくないと思う。しかし、それをあくまで現実主義で愛をもって社会に戻そうとするアルもまた真摯で痛ましい。バーディは哀しい人間なんかじゃない。自分の中では鳥になれたのだから。無理やり現実に戻そうとするのがはたして幸せなのかどうか。でも、このかけ離れた2人の間には青春時代というかけがえのない絆があった。なぜ2人は親友になったのだろう。批判しながらも自分の夢に忠実でいられるアルのバーディに対する羨望や嫉妬と、鳥になる夢しか見ていないバーディの強いまなざしがしたたかで揺らがない。この対比が、実は哀しいのはアルの側で、アルがバーディによって救われたんだということを見せつけてくれる。はたして、自分には本当になりたいものはあるのだろうか。閉じ籠ってるから殻の中で実は自由に飛び回っているなんてこと、できるのだろうか。ボクにはできない。現実が分厚い高い壁となって立ちはだかっている。もしかしたら潰さんばかりに迫ってきている。微妙に哀しい、でも希望を与えてくれたような、そして過去夢中になっていたものも宝物だな、と思わせてくれた作品だった。淡々としているが、実はとても奥の深い映画だと思う。

◎作品データ◎
『バーディ』
原題:Birdy
1984年アメリカ映画/上映時間:2時間0分/コロンビア映画配給
監督:アラン・パーカー/製作総指揮:デヴィッド・マンソン/製作:アラン・マーシャル/原作:ウィリアム・ワルソン/脚本:サンディ・クループフ, ジャック・ベアー/音楽:ピーター・ガブリエル/撮影:マイケル・セルシン
出演:マシュー・モディン, ニコラス・ケイジ, ジョン・ハーキンス, サンディ・バロン, カレン・ヤング

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