sling blade 2

 母親とその不倫の相手とのセックスシーンを見てしまったことで母とその相手を殺害したために、施設に収容されていた知的障害を持つカール。25年間の精神病院での生活を終え、退院する日が来た。故郷へ戻ったカールは仕事も口利きをしてもらい少しずつ慣れ始めていた。そんなカールに声をかけたのは、母親と二人で暮らすフランク少年だった。父親を亡くしているフランクは、カールと過す時間に安らぎを感じるようになり、カールもフランクには心を開き、町の人々とも触れ合いを深めていった。しかし、母親の恋人である乱暴者ドイルは二人の交流を快く思わず、カールを家から追い払おうとする。ドイルを疎うフランクだったが、カールは家を出ていかなければならなかった。フランクの母親に暴力をふるうドイルを見て、カールにある決意が芽生えるのだった。
 1997年のアカデミー賞で作品賞に輝いた『イングリッシュ・ペイシェント』はインディペンデント映画。日本ではありえないことだ。と同時に作品賞にノミネートすらされない作品が脚本賞を獲るのもアメリカのアカデミー賞が門戸を開いてきている証拠。この映画は『イングリッシュ・ペイシェント』を抑えて脚色賞を獲った。しかも、本を書いたのは俳優のビリー・ボブ・ソーントン。彼の初監督作品でもあった。しかし、ここで評価されるべきは彼の演技だろう。パッと見、誰も彼とは気づかないと思う。そういう仕種、表情、口調だ。彼の過去を映画の展開で表現するのではなく最初から過去を告白するシーンから始まり、すべて語ってしまう。これはどうかと最初思った。先入観をいきなり植え付けてしまう独特の手法だ。しかしこれはボクには成功に見えた。回想シーンで過去のエピソードを挿入するよりよっぽど引き込まれる。映画の空気をうんもすんもなく読み取らせてしまう。もうここで監督の手中にわれわれは落ちてしまっているのだ。少年と心を通わすところで性格を表現してしまうのはボクはあまり好きでない。子役で感動させる映画は狡いと思っている。子どもというだけで同情を引くからだ。しかし、この映画ではカールが犯罪者で障害者であるから子どもでも対等な立場になるのが功を奏したのか厭な感じはしなかった。その子役ルーカス・ブラックがまた演技がうまいからかもしれない。予告編や雑誌でリバー・フェニックスに酷似しているところから観に行く気を助長させられたのだが、実に自然体のいい演技だった。本当にこのふたりが友情を育んでいるように見える。以降、ルーカス・ブラックの出ている映画でなかなかこれを超える演技を見られていないのが残念だ。
 過去のある男と孤独な少年の交流を、淡々と描いているのに実にずきんと心に響く。一見相容れない、出会わないふたりの存在が見事に溶け合い、観る側に余韻の深い不思議な感覚を残す。ハートウォーミングなその交流が映画自体のトーンを形成し、悲惨なのに温かい感覚を与える。問題はその悲惨さであり、もう二度と起こすと思えない殺人をまた起こしてしまうのはどんなもんだろう。もう、はじめから彼は人間社会に溶け込めず悲壮なラストを迎えるのだろうなと想像させる。それが再犯なのか自殺なのかそれは最初はわからない。しかし、登場人物がキャラクターを演じて作り上げていくたびにだんだん展開は読めてくる。なのに、やはり、ショッキングなのだ。そうなってほしくなかったと思う気持ちだろうか。
 しかし、この映画は犯罪者はどんないい人間でもまた再犯を犯すということを言っているのではなく、フランク少年が間違いを起こさないために彼がした愛の表現だと思いたい。彼の過去がフラッシュバックして、カッとなっただけかもしれない。でもボクはこれ以上ない絆の物語だと信じたい。そうするとこれはすばらしく良い映画になるのだ。それとともにビリー・ボブ・ソーントンのカールに対する愛着には敬服するのだ。このい映画のタイトル『スリング・ブレイド』が主人公カールが殺人を犯す道具として使った斧の通称であるところに悲哀がある。
 当初この映画を観てえらく感動して好きになったのだが、今回、これを書くにあたって改めて観直してみて、またたくさんのことに気づいた。再び泣かされた。この大雑把な感情を大事に覚えていたいと思う。

◎作品データ◎
『スリング・ブレイド』
原題:Sling Blade
1996年アメリカ映画/上映時間:2時間14分/アスミック配給
監督・脚本:ビリー・ボブ・ソーントン/製作総指揮:ラリー・メイストリッチ/製作:デイビッド・L・ブシェル, ブランドン・ロッサー/音楽:ダニエル・ラノワ/撮影:バリー・マーコウィツ
出演:ビリー・ボブ・ソーントン, ルーカス・ブラック, ドワイト・ヨーカム, J.T.ウォルシュ, ロバート・デュバル

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