the lives of others
 1984年、東西冷戦下の東ベルリン。国家保安省局員のヴィースラーが、国家から命じられたのは、劇作家ドライマンと恋人の舞台女優クリスタが反体制的であるという証拠をつかむことだった。国家に忠実にいた彼は盗聴器で彼らの生活を知る。ドライマンはある日演出家イエルスカから「善き人のためのソナタ」という楽譜を贈られる。「この曲を本気で聴いたものは悪人になれない」というメッセージと共に。イエルスカもまたあらゆる創作活動の権利を奪われ無力感に捉われていたのだ。ヴィーズラーはリベラルなその文化を知るうち、次第に影響を受けていることに気付いた。ふたりの男女を通じて、あの壁の向こう側へと世界が開かれていくのだった。
 原題は“Das Leben der Anderen”、「あちら側の人々の生活」と言う意味。主人公は「あちら側(反国家分子)」の生活を覗き見るうち「あちら側」を意識するようになる。「この曲を本気で聞いた人は悪人になれない」そう言われているのが「善き人のためのソナタ」、盗聴の際、主人公は偶然聴いて涙する。その後、ついに主人公はドライマンの反体制的である証拠をつかむ。本来であれば逮捕する立場にある主人公なのだが…あぁ、これ以上は言えない…観て欲しい。
 昨年のアカデミー賞の外国語映画賞で誰もが『パンズ・ラビリンス』がオスカーを手にするだろうと予想していたのを見事に覆しこの映画が受賞した。ほかにドイツ映画賞のローラ賞で作品賞はじめ7部門、パヴァリン映画祭主演男優賞はじめ4部門、ミュンヘン映画祭、ベルンハルト・ヴィッキ映画祭など数々の映画賞を受賞している。ボクもこの映画を2007年のベスト1に挙げた。2007年に拘らず、これまでに観た映画の5本の指に入るほどかもしれない。この奥深い心理描写と複雑な背景を初監督で33歳のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクという若者が撮りあげたことは恐れ入る。4年間の緻密なリサーチにより完成させた映画である。この映画は実在する人間の話ではない。多くの実話に基づいて作られたフィクションであるために実際に旧東ドイツを知る人の中には、批判も多い。東ドイツの独裁体制はもっと酷く厳しいもので人間らしく変化していった者などいない、と。そんな些細な事実がこの映画の言いたいことではなく、この作品が伝える当時の東ドイツを支配していた空気は本物だとする声も多い。これほどまでに真実味のあるストーリーを、西で育った新人監督が作り上げたことが脅威なのである。歴史的なディテールに拘らず、それ以上に信憑性を持った物語を作りたかったという監督自身の言葉の通り、その意図は成功し、絶賛を浴びた。実際のところ、東西ドイツの統合がどれほどわれわれ日本人に認知されているかといえば、それまでの東ドイツの印象と西ドイツの印象と統合したということだけで、ほとんどの人が知らないのが現状だと思う。歴史認識を歪めるようなことがあってはならないが、些細なフィクションの挿入は赦されて然るべきだろう。
 冒頭から途中までは複雑な時代背景を強調したような暗く小難しい印象を受ける。しかし、物語の趣旨はいたって簡単だ。愛について、善について、それに立ちはだかる壁にどう立ち向かい全うするかだけだ。ヴィースラーの内面の変化は興味深い。深く愛し合っている恋人同士を引き裂き、愛を不信感へと強引に変化させてしまう理不尽な権力支配、その構造をリアルに浮き上がらせる。ベルリンの壁崩壊の場面の一部を垣間見た気がした。人間の中の善と悪が、どれほど途轍もなく複雑に交錯しもつれ合うものであるかということを教えてくれた。最後の一言に誰もが涙するはずである。ボクはクレジットエンドロール中涙が止まらず、映画館をもう少し真っ暗に、余韻に浸る時間を与えてほしかった。
 
 ◎作品データ◎
『善き人のためのソナタ』
原題:Das Leben der Anderen(英語タイトル:The Lives of Others)
2006年ドイツ映画/上映時間:2時間18分/アルバトロス・フィルム配給
監督・脚本:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク/製作:タヴィリン・ベルク, マックス・ヴィーデマン/音楽:ガブリエル・ヤード, ステファン・ムーシャ/撮影:ハーゲン・ボクダンスキ
出演:ウルリッヒ・ミューエ, マルティナ・ゲデック, セバスチャン・コッホ, ウルリッヒ・トゥクール, トマス・ティーマ
 
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