farewell my concubine
 1930年代の中国の北部、娼婦の私生児である小豆子は、生まれつき本の指を持っていた。それを理由に入所を拒まれていた彼は、母親から指を1本切り落とされ無理やり捨てられるように京劇俳優養成所に預けられた。娼婦の子といじめられる小豆子をいつも助けてくれたのは、先輩の石頭。やがて小豆子は、石頭に同性愛的な想いを抱くようになる。成長した小豆子と石頭は、それぞれ程蝶衣と段小樓という芸名で、『覇王別姫』という芝居で項羽と虞美人を演じトップスターになる。蝶衣は相変わらず小樓を想っていたが、日中戦争が激化すると、小樓は娼婦の菊仙と結婚。深く傷ついた蝶衣は京劇界の重鎮・袁四爺の庇護下で小樓との共演を拒絶した。1960年代になると、中国全土に文化大革命の嵐が吹き荒れ、京劇は堕落の象徴として禁止されてしまう。芝居しかできない蝶衣と小樓も世間から虐げられるようになり、蝶衣、小樓、菊仙の3人は、極限まで追い詰められる。そして彼らの互いへの愛憎と裏切りの果てには、大きな悲劇が待ち受けていた。
 1993年のカンヌ映画祭で『ピアノ・レッスン』と同票でパルムドールに輝いた本作は3時間弱に及ぶ大作である。ゴールデングローブ賞、ニューヨーク映画批評家賞、ロスアンゼルス映画批評家賞の外国語映画賞も獲得している。監督のチェン・カイコーは映画監督の父とシナリオライターの母の間に生まれた映画監督になるべくしてなった環境で育ち『黄色い大地』で監督デビューした。デビュー作でいきなり認められ『人生は琴の弦のように』などの秀作を経て本作に至るが、以後も『始皇帝暗殺』などの大作を作り上げ『キリング・ミー・ソフトリー』でハリウッドデビューも果たす。個人的にはハリウッド進出後の『北京バイオリン』がとても好きだ。
 一方、俳優陣も注目せざるを得ない。女形の蝶衣を演じたレスリー・チャンはアイドルを経てこのころからキャリアを踏んだ俳優に転向し大成功したと言える。2003年の4月1日香港の最高級ホテル、マンダリンオリエンタル香港から飛び降り、自殺しているのが悔やまれる。46歳だった。私生活でもホモセクシャルを公言しており、自殺1年くらい前から欝病を患っていたと言われている。この仕種は本当に女性かと思わせるしなやかさだ。そして、小樓の妻菊仙を演じたコン・リーも今はもう大女優の域に達しているが、この頃は凄い女優が出てきたと度肝を抜かれた。彼女の情念を感じる演技は恐ろしいほどである。
 子供の頃の養成所での厳しさは文化や芸術の重みを感じさせるが、そこに生まれる戒律は、今日劇に対するこだわりや頑固さにつながっているが、それは自信でもあり、失うと大きな痛手となるものだ。なんだか周囲の無理解や不条理がレスリー・チャンの実生活と重なる。レスリー・チャンはこの役柄が役の捉え方を間違っている、俳優としての彼を認めない、と自分の役を分析している。果たして彼は実生活で何を信じ、何を演じ、何を求めていたのだろうか。何に迷っていたのだろうか。
 しかし、この映画では、そういった特殊な世界であるだけでなく、清朝崩壊後、文革期への時代背景、共産党政権樹立、廬溝橋事件など数々の事件や日中戦争、文化大革命、人民軍解放など社会的事件や戦争、革命が複雑に絡み合い、そこに深い嫉妬や憎悪が渦巻く。後半は人間裁判に及ぶ。蝶衣と小樓を尋問するシーンの連続は痛みしか感じない。そしてなぶり者にされての暴露シーン、お互いがお互いを非難するしか道はなかったのか。同性愛と兄弟愛と夫婦愛、それぞれが深いはずなのに、なぜこうなってしまうのだろうか。3時間弱悲惨なシーンを見続けるのはとても体力のいるものだ。だが、そこにはどうしようもない背景と、どうしようもない欲望と、どうしようもない嫉妬と、どうしようもない憎悪が連鎖のように描かれていて、あまりに凄まじく、同情とか憐憫の範疇を超えて、観ていて辛い。
 禁断の愛と歴史の傷、簡単にふたつの言葉では言い表しえない奥深さが、ボクの胸を突いてやまない。

◎作品データ◎

『さらば、わが愛 覇王別姫』
原題:覇王別姫(英語タイトル:Farewell My Concubine)
1993年香港・中国合作映画/上映時間2時間52分/ヘラルドエース=日本ヘラルド映画配給
監督:チェン・カイコー/製作:トン・チュンニェン, シュー・フォン/原作・脚本:リー・ピクワー/音楽:チャオ・チーピン/撮影:チェン・ホワイカイ/京劇指導:シー・イェンシェン
出演:レスリー・チャン/チャン・フォンイー/コン・リー/ルォ・ツァイ/クー・ヤウ
 
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