billy elliot

 1984年のイギリス北東部の炭鉱の町ダーラムでは、炭鉱夫たちのストライキが行われていた。11歳の少年ビリーの父と兄もストに参加していた。ビリーの母親が亡くなってから混沌としている家庭は、祖母の認知症、ストライキの激化により閉塞感が増していた。暗く閉ざされた世界の中で、ビリーは父親から強要されていたボクシングの練習中にバレエのレッスンを目撃する。次第に彼は自己表現の手段としてバレエに魅了されていった。しかし、炭鉱労働者で「男は強くあるべきだ」という固定観念に縛られた父親はバレエは女のやることだと、ビリーに理解を示すことができない。それでもビリーは自分を解き放つかのように踊り続け、バレエ・ダンサーになる日を夢見るようになる。バレエの先生は名門ロイヤル・バレエ団へのオーディションを薦めた。ストライキで収入源のないエリオット家では通わせる金さえままならない。しかし、ビリーのダンスを見せつけられた父は、その真剣さに胸を打たれ、才能の伸ばしてやろうとするのだった。そして、破天荒なダンスでオーディションをぶち壊したビリーは、それでも、面接でダンスに対する想いを語り、見事入学するのだった。数年後舞台に立った彼を父と兄と当時の親友が観に来ていた。家族が来ていることを知ったビリーは、舞台で華麗なジャンプを見せるのだった。
 監督は英国演劇界の名演出家だったスティーブン・ダルドリー。これが長編映画初監督作品で、いきなり米アカデミー監督賞にノミネートされた。バレエの先生を演じたジュリー・ウォルターズもノミネートされた。ゴールデングローブ賞でも受賞こそなかったが高い評価を得ている。イギリスでは英国アカデミー賞と言われるBAFTAで作品賞、主演男優賞(ジェイミー・ベル)、主演女優賞(ジュリー・ウォルターズ)を獲得している。ほかにエジンバラ映画祭では観客賞を受賞した。つまりそのくらい観客が観て共感する映画ということだ。ラスト大人になったビリーの舞台をアダム・クーパーが特別出演で演じているところも見逃せない。ビリーを演じるジェイミー・ベルも見逃せない。2000人以上のオーディションの末に発掘された13歳の少年。6歳からダンスを習ってきた彼の素晴らしい踊りと演技は、2000年カンヌ映画祭で大きな感動を巻き起こし、マスコミからも絶賛を浴びた。この頃アメリカのアカデミー賞では必ずと言っていいほどイギリス映画がノミネートされ、英国人俳優がノミネートされた。イギリスの映画に活気があった時代だ。アメリカ映画だったらアメリカンドリームのスポ根ものになってしまいそうなテーマを、この時代のイギリスが描くとこうもさわやかな青春ものになるのだ。この作品は、ある少年の葛藤を描いた単純明快な物語でありながら、親しみやすく力強く悲しみと喜びに充ち溢れていて、観ればたちまち、魅了される。だが、実のところ、あまり浸透していないように思う。映画ファンは良く知っているだろうが、多分、たくさんの人がこの映画の存在を知らないだろう。こんなに評価を受けているのに。
 ボクも完全に魅了されたうちのひとりでこの作品をベスト10にも入れたいのだが、まあ、粗削りな面は数々ある。いくらバレエを練習したからと言って、バレエを教えてもらった生徒があんなにタップをこなせるのは妙だし、トップダンサーになるタイプの少年のダンスではないからだ。もっと熱さと勢いに溢れた庶民的なダンスだ。入学したと思ったらいきなり大人になってしまい、ジェイミー・ベルがアダム・クーパーになっていては真実味がない。ただ、そんなことは全くどうでもよいのだ。そこで、何点か触れておきたい点がある。
 まず、田舎の貧困世帯の子供がバレエに魅了されるが、炭鉱夫の父や兄がバレエは女のやるもんだ、という偏見を持っている点。夢は大きければ大きいほど、多くの壁にぶち当たる。職業、貧困、理解、偏見…今となってはものすごい偏りだが、「男はフットボールかボクシングかレスリングをやれ」という父。この父が、息子のダンスを目の当たりにして息子の熱い想いを感じ取るわけである。このとき、息子は親友が女装趣味のある「オカマ」(ここではそういうセリフを使っているのであえてこの言葉を選ぶ)だと知り、体育館でチュチュを着させてあげるのだ(ボクは実はここのシーンがいちばん美しいと思っている)。だが、それを父親が見てしまうわけだから、息子は「オカマなんだ」と思ったのに違いない。そこで、諦めたのかと思うと、ダンスを見て才能だと圧倒されて伸ばしてやりたいと思う。つまり諦めて夢を負わせるのではなく理解をするのだ。ビリーは「バレエをするからオカマなのではない」と親友に語るシーンがある。ビリーはオカマでないといい、親友はバレエをしないのにチュチュを着たがる。こういう対比をさせておいて、こんな父だから「オカマだからバレエをするのだ」という気持ちと「才能を伸ばしてやりたい」と思う気持ちが混在しているように描いている(と思う)。それでも、息子のためにお金が要るのでストをやめて炭鉱に行こうとする父にストの首謀者であるビリーの兄は愕然とする。家族のビリーを思うがために辛い選択を迫られるシーンは時代背景を物語っているし、辛辣である。大人たちにとって決して甘くない現実に直面している大人たちと、夢を見ずにはいられない少年のコントラストが、きれいごとではすまされない厳しさを表現している。この辺は問題がジェンダーと夢と労働層の問題がそれぞれの感情に絡み合っていて複雑でだれに共感していいかわからない。
 もうひとつは先生とビリーの関係。ビリーの才能を見抜き、暖かく見守る中流階級のバレー教師との心の交流はとても良い。体育館で二人でブギ・ウギを踊るシーンは名場面の一つ。このあたりは監督が舞台出身でロイヤルアート・シアターの芸術監督だったこともあり撮り方がうまい。もう練習は嫌だとトイレで悩み、出てきて先生と口論するシーン、「自分のできなった夢をボクにやらせるなんて単なる負け犬だ」と叫ぶ演技は見もの。この先生でなければ、少年はバレエに夢を抱かなかったかも知れないと思える。
 ただ、この映画は先にも触れた通り、何もかもどうでもいいほど、爽やかで美しい映画なのだ。もしかするとこの作品は、かつての夢をあきらめた者にこそ捧げられた映画なのかもしれないと思える。いや、ボクは諦めない。

◎作品データ◎

『リトル・ダンサー』
原題:Billy Elliot
2000年イギリス映画/上映時間:1時間51分/日本ヘラルド映画配給
監督:スティーブン・ダルトリー/脚本:リー・ホール/製作:グレッグ・ブレンマン,ジョン・フィン/音楽:スティーブン・ウォーベック/撮影:ブライアン・トゥファーノ
出演:ジェイミー・ベル,ジュリー・ウォルターズ,ゲアリー・ルイス,ジェイミー・ドラベン,ジーン・ヘイウッド
 
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