innocent lies
  1996年11月22日、名古屋シティマラソンを翌日に控え、何を血迷ったかボクは、1日有給休暇を取り東京へ向かった。走りで練習の成果を出したかったのに、なぜそんな無謀な行動に出たかというと、映画を観るためだった。翌週には上映が打ち切られる、名古屋で公開される予定はない、休みはその日しか取れない、という理由によるもので、それほどまでにスティーブン・ドーフが観たかったのである。勿論、東京での前売券なんて持っているわけはないから、新幹線代と併せて映画1本のために2万2千円弱を費やしたことになる。結果、名古屋では公開されず、翌年1月にビデオ発売されるまで待たねばならなかったわけだから、無謀な行為には意味があったわけだけど。もし、マラソンで結果が出せず、この映画がクソだったら、ボクは未だに悔しい想いを引きずっていたことだろう。
 舞台は1938年のフランスの海辺。もと上司の訃報を聞きつけ、この地を訪れた刑事は、遺品から英国貴族の血を引くグレイブ家の数々の事件に遭遇する。グレイブ家の主人ヘレナ夫人はナチス信奉者、兄妹のジェレミーとセリアは事件の鍵を握ると思われるうえに幼児期に忌まわしい過去があった。これを機に再会したふたりは止められない戦慄の愛の深みへと嵌ってゆく。そして兄ジェレミーは10年前に双子の兄を殺している疑惑があった。ジェレミーの妻モードはユダヤ人でヘレナと関係悪くジェレミーとも喧嘩が絶えない。刑事は次第にセリアに惹かれてゆく。そんな矢先、ヘレナ夫人が殺される。ジェレミーとセリアが協力して殺したのだ。すべてを知った刑事はセリアをニューヨークへ帰す手筈を整える。駅で抱き合う兄妹。兄は妹の首に手をかけた。刑事が危険を察知して戻って目にしたのはジェレミーを殺し、指を咥えてうずくまるセリアの姿だった。
 多分、これは当初“Halcyon Days”というタイトルで製作されていた作品。“ハルシオン”とはかわせみのことで、おそらく“穏やかな日々”とでもいう意味なのだと思う。また睡眠薬に「ハルシオン」というのがある。媚薬的な意味合いも含めたかったのだろう。
 見た目穏やかな中に隠された一家族の秘密とも偽りとも言える感情や衝動は、非常識や不道徳として捉えられる。隠し続けたその理由はとても不気味でミステリアスに映る。大体、人間のモラルとか常識なんてあってないようなもので、時代と共に変わってゆく。しかし、近親相姦となると一般的には許される常識の範疇に収まることはまず考えにくい。この作品では、まさに“禁断の愛”という表現がぴったりだと感じる。兄妹が深夜庭でチョコレートクリームを嘗め合うシーンは直接的な行為の描写以上に隠微だ。
 『秘密と嘘』という映画があった。映画の主旨とは正反対の、人は知らなくていいことが沢山あるということを痛切に感じてしまった映画だった。質が違いすぎて較べるのもおかしいが、この『イノセント・ライズ』では嘘は追及されず、秘密は明かされず、ミステリアスなまま終わる。と言っても、事の真実は明かされるのだが、この兄妹の内的な世界は謎のままだ。特に衝撃的なラストシーンの後の妹がどうなっていったかは非常に興味深い。映画自体はそれには触れずに終わっている。そして全編にわたって伏線として引っ掛かっている、死に追いやった双子の弟の事件と残像が、謎に拍車をかける。
 そもそもスティーブン・ドーフ自身がミステリアスなのかもしれない。リバー・フェニックスも少しほかの同年代の俳優たちとは違った一種独特の雰囲気を持っていた。しかも、彼の人生の結末が薬物中毒死となれば不可解な部分はなおさら多く残る。ボクがリバー・フェニックスやスティーブン・ドーフに惹かれる理由はそういう部分に由来しているのかもしれない。ここでは妹のセリアを演じるガブリエル・アンウォーがまた影を含んだ表情を湛えているから、映画自体が独特の雰囲気に包まれている。どうしても当時のLAXのCMでのつんと抜けた美しさの彼女と同一人物とは思えない。
 ボクは、実は周囲のほとんどの人々が知らないある秘密を持っている。秘密だから今は明確には書かない。それに、一部の仲間が知っている、しかもほとんどの人がボクに対して疑ってかかっている、ある秘密に近い真実も隠し持っていたりする。そうでなくてもとても嘘つきではあるのだが…。その“一部の仲間が知っている秘密に近い真実”が、世間の常識からは少し外れているがために、普段隠さなければいけない必要性に駆られている。ボクは必要であると認識すれば結構ひどい嘘もつくことが出来る。その“秘密に近い真実”は、この先生きていく上で非常に重要な事柄であるから、一生ものの友人には打ち明けてきたことだ。ところが、それを知ってからの友人たちは、一部はボクに対して態度を変えてきた。と言うより、こちらが隠しごとをしなくなって本質が露呈してきたのだと思う。勿論、信頼して告白して去っていった友人もいる。大事な、本当は楽になりたい部分を見せないということは、普段の人づきあいで隠しごとをしているわけで、昔はボクが実際は何を考えているのかよく解らない、そう言われたものだ。告白をした一部の友人には今は解りやすいと言われる。嘘をつくことで人づきあいにシールドを張っていたのだ。告白したことでバリアが取れて解りやすくなったというわけだ。嘘や秘め事が多いということは、見た目、自然とミステリアスな、不可解な雰囲気を作ってしまう。リバー・フェニックスはクスリをやっていたことを隠さなければならなかった。周りが、あるいは彼自身がつくった菜食主義者、クリーンで健康体なイメージのせいだ。ゴシップや役柄が作り上げた虚像も、彼に弱い部分を見せさせない強さを強いてきたのだ。結果、彼は破綻してしまった。スティーブン・ドーフの私生活はまださほど暴露されていないが、あの視線や仕種から感じられる雰囲気には、やはり他の若者とは少し違う何かがあるように思う。
 まあ、ボクは嘘や隠しごとをそれ自体肯定も否定もしないし、真実の追究をいい事ともいけない事とも思わない。時と場合に因る。“イノセント・ライズ”とは“罪のない嘘”とでも訳せばよいか。本能的な感情や行動が、この映画では、“嘘”という言葉で表現される。この映画のサスペンスっぽい部分はどうでもいい。ここで“嘘”として描かれているものを見る側はどう感じるのだろうか。赦せない嘘かどうかなんて人それぞれ違う。どうしようもないことは、どうしようもないものな。少なくともボクには知ったら赦せないモラルだ。愛してしまってから妹と知ったら話は別だが。
 
◎作品データ◎
『イノセント・ライズ』
原題:Inocent Lies
1995年イギリス・フランス合作映画/上映時間:1時間23分/日本ビクター配給
監督:パトリック・ドゥヴォルフ/製作:サイモン・ベリー, フィリップ・グエス/脚本:ケリー・クラブ, パトリック・ドゥヴォルフ/音楽:アレクサンドル・デプラ/撮影:パトリック・ブロシェ
出演:スティーブン・ドーフ, ガブリエル・アンウォー, エイドリアン・ダンバー, ソフィー・オーブリー, ジョアンナ・ラムリー
 
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